経済学のパラダイム転換
── これまで専門家の集団である経済学界は、率先して世界各国の規制緩和や金融肥大化を推し進める役割を果たしてきました。2008年のリーマンショックを契機に、世界的な金融恐慌危機を引き起こしたという反省の機運が一部の経済学者のなかにはでてきているようにも見えるのですが。
佐々木 たしかに経済学者やエコノミストたちは、金融分野の規制緩和を理論的に正当化するだけでなく、政策当局者側の当事者となって規制緩和推進の実行役となり、結果的に世界を金融恐慌の瀬戸際にまで追い込んでしまいました。リーマンショック以後、経済学の知の体系が機能不全に陥っているともいえる。経済学という知の世界でも、パラダイムの転換が切実に求められているのが現状です。
フランスの経済学者であるトマ・ピケティ氏が書いた『21世紀の資本』という本が世界的ベストセラーになったことも、そういう時代状況を象徴する出来事だといえるでしょう。この本は700頁ほどもある分厚い専門書ですが、アメリカでは2014年に50万部を突破、日本でも最近翻訳本が出版されて話題になっています。この本でピケティ氏は、「なぜ経済学は社会の不公平や格差に向き合わないのか」という基本的な問題を正面から問うています。
── ピケティは「分配の問題を経済分析の核心に戻す」と主張していますね。経済学者は格差を是正するための「政府の再分配機能」にもっと関心を向けよということでしょうか。
佐々木 『21世紀の資本』のなかでピケティは、「19世紀の経済学者たちは、経済分析の核心に分配の問題を据え、長期トレンドを研究しようとした点で大いに賞賛されるべきだ。かれらの答えは必ずしも満足いくものではなかったが、少なくとも正しい質問はしていた」とのべています。裏返していえば、現在の経済学は分配の問題、つまり格差問題、公平の問題にあまりにも無関心になりすぎたということです。かつての経済学はそうではなかったのです。
知の潮流に取り残されるアベノミクス
佐々木 こうしたピケティの問いかけに、ジョセフ・スティグリッツやジョージ・アカロフ、ポール・クルーグマンなどといったアメリカの著名な経済学者たちが素早く反応しました。経済学の世界でも新たな潮流が生まれる機運がでてきているといえるのかもしれません。
アメリカではリーマンショック後、一部の影響力ある経済学者やエコノミストが金融界の規制緩和に手を貸す一方で、ウォール街から多額の報酬を得るなど根深い癒着関係にあったことが明らかにされ、経済専門家に対する信用が失墜しました。そういう背景があるから、ピケティの『21世紀の資本』がアメリカの経済学者たちに注目されたという側面もあるとおもいます。
グローバリズム批判で知られるスティグリッツは、自分自身の経済研究の成果を踏まえたうえで、「市場は効率的だという仮説に科学的根拠はない」と明言しています。いま経済学のなかでも、「市場にゆだねればすべてうまくいく」という“仮説”に確たる根拠がないことが確認されているわけです。政府の再分配機能に再び関心が向けられているのも、マーケットメカニズム信仰がリーマンショックなどの現実によって粉々に打ち砕かれたからにほかなりません。
── そうした世界的な知の潮流からみると、「岩盤規制にドリルで穴をあける」という安倍政権が旧態依然たる古ぼけたイデオロギーに基づいているようにみえてきます。
佐々木 小泉政権の構造改革で司令塔をつとめた経済学者の竹中平蔵氏が、安倍政権でも産業競争力会議や国家戦略特区諮問会議を舞台に相も変わらず政府ブレーンを演じ続けていることがそれを象徴しているのかもしれません。
竹中氏はロイター通信のインタビューで、イギリスに新自由主義を導入したサッチャー元首相が好んで使った「TINA」(ティナ)すなわち「There is no alternative」(他に方法はない)というフレーズを持ち出し、「私もアベノミクスは『TINA』だと考えている」と自信ありげに語っています。しかしながら、30年前のサッチャーの言葉を引用していることこそが、竹中氏の時代錯誤を象徴しているとも言えます。……
全文は本誌2月号をご覧ください。