稲村公望 日本、情報戦に敗北す

アジア代表の座から転落した日本

―― 稲村さんは、70年代半ばに留学していたフレッチャー法律外交大学院を再訪し、日本のプレゼンスの急落に驚いた。

稲村 1980年半ばまでは、日本に対するアメリカの関心は極めて高く、日本研究も盛んだった。1973年にはハーバード大学にエドウィン・O・ライシャワー日本研究所が設立され、1979年にはエズラ・ヴォーゲルが『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を著し、日本的経営を高く評価した。1984年には、ワシントンのジョンズ・ホプキンス大学にライシャワー東アジア研究所が発足した。

 ところが、今やアメリカ人の関心は、完全に中国へと移ってしまった。アメリカの有識者を対象とした世論調査を見ても、アジアにおける最も重要なアメリカのパートナーは中国だと考える人の割合が、日本だと考える人の割合を2010年に追い抜いしまった。1995年の時点では、およそ80%のアメリカ人有識者が日本を最重要パートナーと見ていた。その時点で、中国を最重要パートナーと見ているアメリカ人有識者は20%にも満たなかった。

 当時、フレッチャーには北京からの留学生はいなかったが、今では人民解放軍の将校も留学している。

 『日本封じ込め』を発表したジェームズ・ファローズらリビジョニストたちの日本異質論が、冷戦終結に合わせるように台頭するなど、日本認識に大きな変化が生じていたにもかかわらず、日本は自らのプレゼンスを拡大する努力を怠ったといわねばならない。
 
 当時、日本異質論は、ごく一部の異端的言説ととらえられていたが、伊藤貫氏らが指摘しているように、1990年にブッシュ(父)政権のホワイトハウス国家安全保障会議は「冷戦後の日本を、国際政治におけるアメリカの潜在的な敵性国と定義し、今後、日本に対して封じ込めを実施する」という政策を決定していたのだ。一方中国は、1978年から鄧小平の指導体制の下、改革開放を進め、1979年には米中国交正常化を果たした。それ以来、米中の経済的な相互依存が高まり、アメリカにおける中国のプレゼンスは急速に拡大してきたのである。

―― これは、中国の経済力拡大によってもたらされた当然の帰結でもある。

稲村 しかし、今回強調したいのは、対外広報宣伝の重要性である。国際社会における日本のプレゼンスの低下、中国のプレゼンスの拡大は、情報戦の優劣の差が招いた結果でもある。

 1995年の大阪APEC辺りから、アメリカの政策決定者たちの間では、国際社会の主要プレーヤーとして日本の代わりに中国を認知するという合意があったと推測される。米中の接近を印象づけたのは、江沢民が1997年10月に訪米した際、真珠湾へ立ち寄って戦艦アリゾナ記念館に献花を行い、ここで日本の中国「侵略」と真珠湾攻撃を批判したことである。

 江沢民の真珠湾訪問は、かつて連合国として米中がともに日本と戦った記憶を呼び覚ます効果がある。これも巧みな情報戦だ。国連憲章には、いまなお敵国条項が残り、日本の常任理事国入りに米中が結託して反対した。日本は、国際社会で自らの主張を理解させるための対外広報が不足している。にもかかわらず、民主党政権は関連予算を半減させてしまった。カネだけ出させられて、口は出せない外交を続けている。

 ロックフェラーが音頭をとった「三極委員会」は、かつて日米欧三極委員会と呼ばれていた。アジアを代表するのは日本のみと認識されていたが、中国やインドの影響力の拡大を反映して、2000年から単に「三極委員会」と名称が代わった。そして2009年4月に開催された「三極委員会」東京会合には、インドの参加者とともに、中国社会科学院教授の張蘊嶺氏が参加している。中国の三極委員会入りについて、同年8月に『朝日新聞』のインタビューで、同氏は「中国抜きの会議は意味がないという声が近年高まってきた。日本ではアジアを代表しきれなくなったのだ」と語っている。

日本に不利な主張が国際社会を覆う

―― アジアにおける日本のプレゼンスも低下しつつある。

稲村 敗戦時、アジア諸国の対日世論には、それぞれの歴史的経緯によって、かなりのばらつきがあったが、日本の目覚ましい経済復興、アジアの途上国に対する経済援助などを通じて、日本はその存在感を示してきた。実質的に大東亜共栄圏を戦後に現出させた、いわゆる雁行型経済発展の牽引車としての日本への期待は大きかったのだ。

 ところが、1980年代後半以降、わが国はアメリカ主導の新自由主義的政策への追随を強め、アジアにおける主体的役割を放棄してしまった。そしていまや、東南アジアにおいても中国の影響力が急速に拡大しているのだ。それは、2008年に外務省が行った世論調査にも示されている。ASEAN諸国にとっての重要なパートナーはどの国かとの質問について、6か国全体では、中国(30%)、日本(28%)、米国(23%)の順で評価されている。このうち、日本を1位とする国(インドネシア、フィリピン、ベトナム)と中国を1位とする国(マレーシア、シンガポール、タイ)が6か国の中で二分化している。1981年以来、ルックイースト政策を推進してきたマレーシアでさえ、いまや中国を最重要パートナーとみなしているのだ。……

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