佐伯啓思 解決すべきは日米間の歴史認識問題だ

アメリカの世界戦略に引きずり込まれる日本

―― 4月28日、安倍総理はオバマ大統領と日米首脳会談を行いました。翌29日には、日本の総理大臣として初めてアメリカ議会の上下両院合同会議で演説しました。今回の訪米をどのように見ていますか。

佐伯 日本の首相がアメリカの議会で演説し、それなりに温かく迎えられたということ自体は決して悪いことではありません。しかし、安倍総理のいかにも嬉しそうな顔を見ていると少し哀しくなります。

 安倍総理としては、アメリカとさらに緊密な関係を結ぶことで、中国や北朝鮮、韓国を牽制したいと考えたのだと思います。日本はこれらの国々との関係が上手くいっていないため、アメリカを利用することで、彼らに対抗しようという意図があったのでしょう。

 しかし、大きな構図から見れば、日本は今回の日米首脳会談によってアメリカの世界戦略に巻き込まれてしまったと言わざるを得ません。アメリカは現在、台頭する中国にどう対抗するか、アラブやイスラム国の問題、さらにはロシア問題をどのように解決するかなど、多くの問題を抱えています。中国のAIIBに対抗してTPPをやりたい。しかし、国力が低下しており、自分たちの力だけでは問題に対処できなくなっています。そこで、日本を引きずり込み、日本の力を利用することを目論んでいました。

 これは、日米首脳会談に先立って行われた、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の改定を見ればさらにはっきりします。今回の新ガイドラインは、2005年に小泉政権時代に合意された文書「日米同盟:未来のための変革と再編」の流れを一層明確にしたものです。この文書では、世界の秩序を脅かすものに対して日米が共同で戦うということが明記されました。これにより日米安保条約は大きく変化し、それまで日本と極東に限られていた条約の対象範囲が世界全体にまで広がってしまいました。

 しかし、当時、小泉総理がその重大さを理解していたとは思えません。彼は個人的にブッシュ大統領と気心が合ったようです。しかも、アメリカはどうしても対テロ戦争を遂行したかった。小泉氏はそれを支援しようとしたのでしょう。

 それに対して、安倍総理には小泉総理よりも明確な問題意識があります。安倍総理は、日本が世界の中でそれ相応の役割を果たすことで、日本の影響力の拡大を考えているのでしょう。しかし、たとえ安倍総理自身がそのような考えを持っていたとしても、結果的にアメリカの世界戦略に巻き込まれてゆく。たとえば、日本はアラブ・イスラム圏に特別な利害も関心ももっていない。しかし、アメリカはそうではないのです。

「戦後七〇年」という欺瞞

―― 集団的自衛権の解釈改憲についても同じことが言えると思います。

佐伯 本来の順番から言えば、憲法を改正した上で集団的自衛権の行使やガイドラインの改正をすべきでした。しかし、これは安倍総理が良いとか悪いとかいう問題ではなく、戦後から今日までこのような構造が続いてきてしまったことにこそ問題があります。

 事の発端はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による占領時代にまで遡ります。日本では今年は戦後70年と言われていますが、これは正確ではありません。確かに1945年9月2日のミズーリ号上で行われた降伏調印によって、戦争は一応終結したと言えます。しかし、国際法上、戦争が公式に終結したのは、1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効によってです。この間、日本は主権を奪われ、占領下に置かれていました。戦後70年という認識では、この事実が見落とされてしまいます。

 現行憲法はこの占領期間中に制定されました。主権を持たない時期に行われたことは、日本国民の主権的な意思の行使とは言えません。これは憲法の理念からすれば決定的に問題となります。憲法制定は、主権の最高度の発動以外の何物でもないからです。

 現在の憲法について、改憲派はアメリカによる押し付けだと批判し、護憲派は日米による合作であり、日本も受け入れたと主張しています。しかし、問題の本質はそこではありません。押し付けか合作か以前に、憲法としての正統性を持っていないことにこそ問題があります。それ故、原則論から言えば、現在の憲法は無効です。

 もちろんあらゆる憲法は政治的産物であり、制定された時の政治状況に影響されます。これはフランス憲法にもアメリカ憲法にも言えることです。だからこそ、日本は主権回復と同時に新憲法制定に着手すべきだったのです。しかし、日本はそれをせずに今日まで来てしまいました。

―― 安倍総理としては、現状では憲法改正は困難なので、ひとまず集団的自衛権の行使やガイドラインの改正によって日米関係を対等なものにしようと考えているようです。

佐伯 安倍総理は、日米安保条約を改定して日米関係をより対等に近付けた、祖父である岸信介総理を意識しているのでしょう。岸総理は日米安保を改定し、日本が基地を提供する代わりに、アメリカに日本を防衛する義務を負わせ、それにより日米関係を対等な形に近付けようとしました。

 しかし、日本が基地を提供すれば、それだけ一層アメリカの日本への関与は強まります。皮肉なことに、日米関係を対等に近付けようとすればするほど、日米関係は密接になり、日本はアメリカの戦略に巻き込まれてしまうのです。

 こうした事態を打開するためには、憲法を改正するしかありません。日本が自らの力で国土を防衛できるようになって初めて、日米関係は文字通り対等になったと言えます。……

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