「丁寧な説明」はどこへ
安倍首相は名護市長選挙の勝利によって再び傲慢な態度を取り始めているように見えます。森友問題や加計問題について「丁寧な説明」をすると言っていたはずですが、その様子は見られません。安倍政権は決して国民から積極的な支持を得ているわけではないため、現在のような態度を続ければ、国民の反発を買うことになるでしょう。
ここでは、弊誌2月号に掲載した、作家の佐藤優氏のインタビューを紹介します。全文は2月号をご覧ください。
国民は政治に関心を向ける余裕がない
―― 第二次安倍政権発足から5年以上が経ちました。現在の状況をどう見ていますか。
佐藤 安倍政権の特徴は「傍系のエリート」だと見ています。エリートのうち、ごく一部のグループが「我々は虐げられている」「我々は被害者なんだ」という被害者意識を強く持っています。これは弱者の論理です。その意味で安倍晋三総理は「弱者の代表」という表象を持っています。経済的、学力的、健康的、あらゆる弱者の味方のように映っている側面がある。たとえば、安倍政権は村山談話の克服を目指して挫折しましたが、これは「敗戦後、日本は自虐史観や押しつけ憲法、歴史認識問題などで、ずっといじめられているんだ」という被害者意識の表れだと思います。
もう一つの特徴は「反知性主義」です。反知性主義とは、実証性や客観性を軽視あるいは無視して、自分が欲するように世界を理解する態度のことです。たとえば、安倍総理は「瑞穂の国の資本主義」を打ち出しましたが、客観性を欠いていて意味不明の概念です。麻生総理は「ある日、気づいたらワイマール憲法はナチス憲法に変わっていた。あの手口に学んだらどうかね」と発言しましたが、実証的な歴史に反しています。
このような反知性主義は「とにかく気合で問題を解決するんだ」という決断主義という形で現れがちです。安倍政権の強引な政権運営の背後には、こういう決断主義があると思います。
一方、主流のエリートの中では、経団連などの経済エリートが安倍政権を支持していますが、国会議員や官僚は違和感を持っています。とはいえ、反知性主義は主流のエリートの間でも蔓延っています。たとえば、内閣官房副長官補の兼原信克氏は『戦略外交原論』という本の中で、名誉革命の結果マグナ=カルタができたと書いています。しかし、名誉革命が起こったのは1688~89年で、マグナ=カルタが作成されたのは1215年です。その他にも、宗教改革はイタリアから始まったとか、フスではなくて「スフ」が火炙りにされたなどと書いています。
最近では経産省の若手が『不安な個人、立ちすくむ国家』(文藝春秋)というレポートを提出しましたが、彼らはマルクス経済学に関する知識が欠落していて、コミュニティ(地縁的な自然な共同体)とアソシエーション(自発的結社)の区別すらつかないまま、地域や会社について議論しています。
反知性主義に陥っているとも気づかず、自分のことをエリートだと勘違いしている政治家や官僚たちに国の未来を委ねるのは不安を覚えます。
―― しかし安倍政権の支持率は回復傾向にあります。
佐藤 それは経済が比較的安定しているからです。基本的に代議制民主主義では、経済が安定している状況だと政権交代は起こりません。確かに安倍政権の下でも格差は広がり、大多数の国民の生活は苦しくなっています。しかし、食べられないほどではない。先行きの不安に我慢できれば、それなりに食べていけるのです。
国民は政治に無関心だとよく言われますが、実態は日々の生活で精いっぱいで、政治に関心を向ける余裕がないのでしょう。いま国民は新自由主義の下でアトム化した個人として、生まれてから死ぬまで競争することを強いられています。国民は受験戦争、就職活動、出世争い、婚活、介護に追われながら、不安を紛らわせるためにSNSで「いいね」の争奪戦を繰り広げています。
また国民の間にも反知性主義が蔓延しています。それだから反知性主義的な安倍政権の下で、政治にまで気が回らず、「これでいいんだ」「なるようになるさ」という雰囲気に流されているのだと思います。……