山崎行太郎 反韓論の心理と論理

天皇批判まで始めた反韓論者・室谷克実

―― 最近の保守論壇では韓国批判が吹き荒れており、「反韓」や「嫌韓」の記事を目にしない日はない程です。現在の状況をどのように見ていますか。

山崎 まず前提として述べておきますが、保守論壇が韓国批判をしたくなる気持ちは私もよくわかります。最近の韓国による日本批判には行き過ぎのところがあり、日本人の多くが不快感を抱いていると思います。保守論壇が特別異常というわけではなく、むしろ彼らは平均的な日本人の心情を代弁していると見た方がいいでしょう。

 しかし、いくら韓国が嫌いだからといって、反韓感情を学問や政治の領域にまで持ち込むのは問題です。個人的な感情と、学問や政治は切り離して考えなければなりません。

 まずは反韓感情を学問に持ち込んだ事例から見ていきましょう。評論家の室谷克実は『日韓がタブーにする半島の歴史』という本で、12世紀に高麗王朝によって編纂された『三国史記』という史書に基づき、朝鮮半島で初めて統一国家を築いた新羅の基礎作りを指導したのは倭人・倭種であると主張しています。ここで言う倭種とは倭人の一種です。

 つまり室谷は、日本は朝鮮半島から稲作などの様々な文化を教わり、国の基礎を作ってきたとする「常識」を批判し、日本こそが朝鮮半島を政治的、文化的に指導してきたのだと言いたいわけです。室谷としては、かつて韓国が日本よりも優位に立っていたというのが気に食わないのでしょう。

 室谷の説はこれまでの通説を大幅に書き換えるものです。もしこれが説得力のあるものであれば、歴史学界その他で大騒ぎになるはずです。

 それでは実際のところどのような反響があったでしょうか。この本は2010年に出版されたものですが、そのような話は寡聞にして知りません。端的に言えば、学界が歯牙にもかけない「トンデモ史観」だったということです。

 もっとも、いくら室谷の議論が学術的な検証に耐え得ないものだとしても、これを放置しておくことは危険です。室谷の議論は戦前の「日鮮同祖論」と極めて類似しているからです。

 日鮮同祖論とは日本人と朝鮮人の祖先は同じであるとする説で、日本の記紀神話に基づきつつ、例えばスサノオは朝鮮の神となって朝鮮を建国した、といった議論が行われていました。

 これは日韓併合を正当化するためのイデオロギーとして利用されました。朝鮮半島はもともと日本の神が支配していたのだから、再び韓国を併合しても何ら問題はないとされたのです。

 室谷の議論にはさらに大きな問題があります。それは、日本が古代より朝鮮から様々なことを学んできたとする「常識」の典型的な例として、天皇が韓国の金泳三大統領に対して述べられた発言を引用し、それを批判していることです。

 室谷自身が言っているように、これは現在の日本では「常識」とされているのだから、敢えて天皇の発言を取り上げる必要はないはずです。反韓論を天皇批判と結びつけて論じている点は看過すべきではありません。

教育勅語も朝鮮半島の影響を受けている

―― 現在の韓国が気に食わないとしても、何故古代にまで遡って日本の優位性を主張する必要があるのでしょうか。

山崎 日本が韓国から影響を受けていない「純粋無垢」な国家だと言いたいからでしょう。これは最近の保守論壇によく見られる傾向で、彼らは「純粋な日本」や「本来の日本」なるものが存在すると考え、そのための根拠を必死になって探しています。

 しかし、ヘーゲルが『法の哲学』で述べているように、国家とは一国だけで成り立っているものではありません。国家は他国との相互依存関係の中で存在しており、外国から承認されて初めて成り立つものなのです。

 室谷の議論にしても、韓国という存在を前提にして初めて成立するものであり、そもそも韓国が存在しなければ、日本は古代から韓国より優れていた云々といった議論は何の意味も持ちません。反韓的であればあるほど韓国に強く依存するというのは皮肉な話です。

 たとえ日本が韓国の影響を受けていたとしても、それを含めての日本なのだから、それはそれとして認めた上で日本の歴史や文化を尊重していけばいいだけの話です。それができないのは、現在の論壇の思想的レベルが衰退してしまっているからです。……

以下全文は本誌4月号をご覧ください。