特定秘密保護法ではスパイもテロも防げない
―― 特定秘密保護法をどのように評価していますか。
菅沼 この法律の本来の目的は、国家安全保障会議(NSC)を設立にするにあたって、外国、とくに同盟国であるアメリカから提供された秘密情報が漏洩してしまうのを防ぐことです。日本には対外的な情報機関がないため、現時点においてはアメリカやイギリスなどの情報に頼らざるを得ません。たとえば、アルジェリアで日揮の日本人スタッフが人質になった際も、日本政府はイギリスからその地域のテロ情報を提供してもらっていました。
しかし、提供された情報が簡単に漏洩してしまうようでは、日本と情報を共有することはできない。アメリカ側からそのような要請があったため、日本政府は今回の法律を作ったのです。
ところがこの法律には、このような外交や安全保障に関する規定だけでなく、テロリズムやスパイ防止の規定まで加わっています。それは、この法案を作った内閣情報調査室が、強いて言えば、どさくさに紛れ自らの権益拡大のためにねじ込んだからです。
同様のことがNSCについても言えます。NSCは安全保障問題について的確な対応を取るために作られました。それゆえ、本来であればその人事は、制服の自衛官や防衛省、外務省の人間で構成すべきです。ところが何故かそこに警察の人間が入り込み、情報というセクションを担うことになってしまっています。
どうも安倍総理は第一次安倍政権の時代から警察官僚とベッタリになってしまっているようです。安倍総理はかつて、拉致問題を解決するためとして、北朝鮮に対して厳しい経済制裁を課したり、朝鮮総連系の商社に対する一斉捜査を行ったりしましたが、これを主導したのは漆間巌元警察庁長官でした。警察官僚にとって安倍総理は利用しやすい存在なのでしょう。
―― 警察がこの法律を悪用し、戦前のような警察国家になってしまうことが危惧されます。
菅沼 今の警察は捜査能力の低下が著しいため、現実には、そんなことになる心配はありません。この法律ではテロ防止に関する計画や研究を秘密の対象としていますが、まさにこのテロ対策に関する資料が警視庁から大量に流出したことは周知の通りです。しかも、この事件は犯人を捕まえることができないままに時効を迎えました。
自らの組織内で起こった事件さえ解決できない警察に、いったい何ができますか。また、警察は自分たちの長官が狙撃されたにも関わらず、その犯人を捕まえることもできませんでした。暴対法にしてもそうですが、彼らは捜査能力が落ちているからこそ、次々と罰則を厳しくして威嚇するしかないのです。
スパイ防止という点についても、この法律には実効性がないと思います。スパイを逮捕するというのは、その辺の泥棒を捕まえることとは訳が違います。いくら情報漏洩について罰則を厳しくしようとも、アメリカのCIAやロシアのSVR、中国の国家安全局にしてもそうですが、彼らはそのような厳しい環境の中から情報を盗み取るのが仕事です。外国の情報機関の活動はそんなに生易しいものではありません。知恵の戦いです。
実際、アメリカをはじめ主要な国々では情報漏洩の最高刑は死刑ですが、それでもスノーデンのような人間がNSAの内幕を暴露したり、ウィキリークスに頻繁に軍事・外交情報が漏洩したりしているのです。
スパイを防止するためには、それに特化した専門の防諜機関を作らなければなりません。たとえばアメリカではFBIが防諜を専門的に行っていますし、イギリスでは警察とは別に防諜専門のMI5という組織があります。ドイツにも憲法擁護庁という防諜機関があります。
ところが日本の場合は、公安警察や公安調査庁、防衛省の情報保全隊などがバラバラに活動している。こんな体制ではいくら法律を作っても意味がありません。
極秘情報を渡されない日本の国務大臣
―― その他にはどのような問題点があると考えていますか。
菅沼 特定秘密の取扱者としての資質を見極める適性評価制度に問題があります。これは要するにセキュリティチェックのことですが、これについて人権侵害だとかいう批判は的外れです。情報を扱う人間がセキュリティチェックを受けるのは当然のことで、アメリカでは大統領も含め公務員になる人間は皆セキュリティチェックを受けています。それが公務というものであって、それが嫌ならそういう仕事をやめればいいだけの話です。
ところが今回の法律では、行政機関の長や国務大臣は適性評価を受けなくてもいいことになっています。しかし、かつて日本の総理大臣には中国のスパイではないかと疑われた人物もいましたし、北朝鮮に近い官房長官もいました。果たしてそういう人間にアメリカは極秘情報を提供するでしょうか。
アメリカは総理大臣であろうが何であろうが、セキュリティチェックを受けていない人間には絶対に極秘情報は渡しませんよ。そうなると情報は役人レベルでストップしてしまい、NSCを構成する大臣のところにまで上がらない恐れがあります。……
以下全文は本誌2014年1月号をご覧ください。