国会議員から秘密を保護する法案
―― 特定秘密保護法案が世論の多くの反対にもかかわらず成立しました。
佐藤 今回、会期末が迫る中で強行採決に踏み切りましたが、正直、ここまで焦って採決をするとまでは想定していませんでした。
ここでは、強行採決に踏み切った政治エリートの心理分析が必要です。この法案はそもそも、会期中になんとしても成立させなければならないという性質のものではありませんでした。野党が求める通り、国会をさらに延長するなり、継続審議にして、十分な審議を尽くす時間は十分にあったのです。
しかしそれをしなかったのは、逆に言えば、審議を長引かせた時に、政府側は論戦に負けてしまうのではないか、法案を通すことができないのではないか、という不安があったということです。
本来、内閣支持率は高く、経済についても今のところは好調と見られているのだから、秘密保護法案についても、国民世論に訴えて、世論の支持を背景に成立させるのが普通の姿です。本来、強行採決というのは支持率が落ちた政権が断末魔に行うことなのです。
これは、支持率とは裏腹に、現内閣がきわめて弱体化していることを意味しています。たとえば、石破氏が秘密保護法案反対デモを「テロ」と呼んだことが問題となりました。問題となったブログは後に修正しているので、ここではその発言の是非自体は問いません。大事なのは、与党の幹事長という権力を握っている人間が、国会前でのデモにおそらく本能的に恐怖を感じたということです。「テロ」とは「テロール(恐怖)」を与えることで政策に影響を与えようとすることです。石破氏の修正前のブログを見てみましょう。
「主義主張を実現したければ、民主主義に従って理解者を一人でも増やし、支持の輪を広げるべきなのであって、単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように思われます。」(朝日新聞デジタル2013年11月30日22時46分より引用)
すなわち、石破氏は「絶叫戦術」に「テロ行為とその本質においてあまり変わらない」ほどの恐怖を感じたということです。石破氏にとってその恐怖は「自分は刺されるんじゃないか」というような明示的具体的なものではなく、もっと無意識に働きかけてくるようなものでしょう。そういう得体のしれない恐怖というものは、自信の無さから生まれるものなのです。
これは民主党政権時代からそうなのですが、今の政治エリートの多くは学歴も高く、世襲議員も多い。しかしそれは別な言葉で言うとうらなりの青瓢箪、ヤワな坊っちゃん政治家で、政治の修羅場、鉄火場に足を踏み入れると、途端に縮み上がってしまうのです。そうした人びとが自らの弱さを隠すために日本版NSC、特定秘密保護法案という軍事強化に突き進んでいるという心理をまず把握しておく必要があります。
―― 自信のない政治家たちの尻を叩き、知恵をつけ、強行採決させた主体は別にいます。
佐藤 第二次安倍政権が発足した一年前、『月刊日本』誌(13年3月号)は「安倍超然内閣」と題し、一見政治主導を行っているように見える安倍内閣の実態が、与党や国民はもとより、安倍内閣からも超然として政策を進める「官僚超然内閣」、官僚支配構造の強化だと指摘しました。その認識が正しかったということだと思います。
特定秘密保護法案のキモは、「誰から秘密を保護するのか」ということにあります。
私の見立てでは、特定秘密保護法が施行された後でも、情報の漏洩自体は続くでしょうし、それによって誰かが罰されることもないでしょう。なぜなら、国家にとって本当に都合の悪い情報が漏洩されることは滅多にないからです。検察や警察の捜査情報が代表的ですが、官僚は意図的にマスコミにリークを行い、世論を誘導します。マスコミは忠実に報道してくれますから、むしろリークは官僚にとって便利なツールなのです。問題は、マスコミから情報を保護することではないのです。では、誰から保護するのでしょう。
それは、国民の代表である国会議員から秘密を保護することなのです。秘密を取り扱うためには適性評価をクリアしなければなりませんが、実は政治家は適性評価の対象になっていません。
情報機関の間では、「適性評価を受けていない人間には情報を渡さないように」という約束があります。すると、機微に触れるような重要な情報が政治家に渡されず、官僚が独占することになります。その結果、政治家は官僚の言うことを聞くだけで自ら政治判断をできなくなる。たとえば官僚が「大臣、イラクが大量破壊兵器を隠し持っています」と説明する。大臣が「具体的な情報を見せてくれ」と言っても、「適性評価を受けていないのでお見せできません」ということになるのです。これは大げさではなく、実際に大臣、副大臣、政務官の政務三役も適性評価を受けないことから必然的に生じる事態なのです。
国会議員が自らの首を絞めるような法律を一生懸命成立させたわけです。……
以下全文は本誌1月号をご覧ください。