誰が郵政を混乱させたのか
日本郵政の迷走が続いています。日本郵政が検討していた野村不動産ホールディングスの買収交渉が、白紙になる見通しとなったと報じられています(6月17日付日経新聞電子版)。オーストラリアの物流会社トール・ホールディングス買収をめぐって巨額損失が発生したため、投資家から買収戦略に慎重さを求める声が出ていたといいます。
このトール買収を主導したとされているのが、日本郵政元社長の西室泰三氏です。西室氏は東芝のウェスチングハウス(WH)をめぐる巨額損失問題にも関与しています。東芝は民間会社ですから自己責任が問われても仕方がありませんが、日本郵政の場合は国民の財産です。なぜ日本郵政がこのような混乱状況に陥ってしまったのか、その原因を明らかにする必要があります。
ここでは、弊誌6月号に掲載した、ノンフィクション作家の山岡淳一郎氏のインタビューを紹介したいと思います。全文は6月号をご覧ください。
誰が巨額損失を生み出したのか
── 日本郵政巨額損失問題の責任者として、日本郵政元社長の西室泰三氏の名前があがっています。西室氏は東芝のウェスチングハウス(WH)をめぐる巨額損失問題にも関わっています。山岡さんは『日本はなぜ原発を拒めないのか』(青灯社)で、西室氏の責任を追及しています。
山岡 私が日本郵政のトール買収について知った時、真っ先に思ったのが「西室氏はWH買収の時と同じことをやったな」ということでした。日本郵政は日本郵便の立て直しを課題としてきました。郵政事業は民間の宅配事業に押され、赤字に苦しんでいました。そこで、西室氏は「世界の中でロジスティックを展開する会社になる」として、海外進出によって難局を打開しようとしました。
これはWH買収によって世界進出を目指した東芝と全く同じ発想です。この買収を実質的に取り仕切ったのも、当時東芝の相談役だった西室氏です。
日本郵政はトール社を約6200億円で買収しています。買収発表直前の株価に49%のプレミアム(上乗せ)をつけて買収しており、まさに大盤振る舞いです。通常であれば、きちんと資産評価をした上で買収価格を決定するのですが、そのような議論が行われた形跡は見られません。
これも東芝のWH買収にそっくりです。WHの価値は約18億ドル程度と言われていましたが、東芝は約54億ドルで買収しています。東芝は甘い見通しと勢いで、十分な資産評価を行わずに買収に踏み切っています。
西室氏はトール買収について、郵政プロパーの役員などには相談せず、ほとんど一人で決めたと言われています。これはおそらく、西室氏の海外人脈によるところが大きいと思います。西室氏は日本郵政の株式上場に際しても、欧米の機関投資家たちとヒアリングを重ねています。「外」からの情報で動いた可能性は高い。
東芝によるWH買収でも、西室氏の海外人脈が大きな役割を果たしました。当時のアメリカ議会はWH買収について、「安全保障上の問題がある」として懸念を示していました。アメリカでは核兵器と原発の技術は一体とみなされているからです。これに対して、西室氏は元駐日大使を退任したばかりのハワード・ベーカーに依頼し、アメリカの懸念を取り払っています。
ベーカーはブッシュ政権発足と同時に駐日大使に任命され、自衛隊のイラク派遣など日米間の重要案件に関与しました。退任後はシティグループの顧問に就任しており、アメリカ政界に大きな影響力を持っていました。
また、西室氏は、ゴールドマン・サックス証券社長やニューヨーク証券取引所会長を務め、メリルリンチ証券のCEOに就任したジョン・セインと無二の親友だと言われています。こうした金融業界とのパイプも活用された可能性があります。
日本郵政社長に抜擢された理由
── 西室氏は東芝会長をはじめ様々な重要ポストを歴任しています。なぜ彼はこれほど重用されてきたのですか。
山岡 西室氏が東芝であれほどの地位を獲得できた理由はいくつかあります。一つは、英語力です。彼は大学在学中にカナダのブリティシュコロンビア大学に留学しています。カナダではアルバイトをしながら留学生活を送ったため、スラングなど「生きた英語」が得意で、コミュニケーションが抜群に上手だと言われています。1960年代の東芝にはそこまで英語ができる人がいなかったため、若い頃から重宝されたようです。
もう一つは、紛争処理能力です。西室氏が東芝内で頭角をあらわすきっかけとなったのは、東西冷戦下で起こった東芝機械ココム違反事件です。これは、東芝子会社による共産圏への工作機械輸出が、対共産圏輸出統制委員会(ココム)の協定違反だとされた事件です。……