領土を取り戻す最後のチャンス

プーチン訪日前の最後の首脳会談

 11月19日、安倍総理はプーチン大統領と1時間以上にわたって首脳会談を行いました。日本外務省の発表によれば、通訳だけを交えた両首脳のみの会談も約35分間行われたようです。これがプーチン訪日前に行われる最後の日ロ首脳会談となります。

 会談後、安倍総理は「平和条約について言えば、70年間できなかったわけでありまして、そう簡単な課題ではないわけであります。この平和条約の解決に向けて、道筋が見えてはきているわけでありますが、一歩一歩山を越えていく必要があります。」と述べ、平和条約交渉について慎重な姿勢を見せました(首相官邸HPより)。これはある意味で当然のことです。日本はこれまで何度も領土を取り戻すチャンスをつかみながら、日本側の事情によって交渉を潰し、そのチャンスを逃してきました。日本側の都合で交渉を潰しておきながら、もう一度交渉をやり直そうとしているわけですから、難しい交渉になるのは無理もないことです。

 日本の中には、プーチン大統領が日ソ共同宣言を強調していることから、「ロシアは歯舞・色丹の二島しか返すつもりがない」といった意見があります。この背景にあるのはロシアに対する猜疑心です。日本国民が対ロ猜疑心を克服しない限り、領土交渉は再び頓挫してしまう恐れがあります。

 今回の交渉は領土を取り戻す最後のチャンスです。我々はそのことをしっかりと認識する必要があります。

 ここでは、弊誌10月号に掲載した、元外務省欧亜局長の東郷和彦氏のインタビュー記事を紹介したいと思います。(YN)

プーチンが発した譲歩のシグナル

―― 既に日本のメディアでは、日本が領土交渉で譲歩しすぎているのではないか、といった報道がなされています。9月6日付けの時事通信では、プーチン大統領が記者会見で「ソ連は長く粘り強い交渉の結果、1956年に日ソ共同宣言に署名した。そこには(歯舞群島と色丹島の)2島を返還すると書いてある」と述べたことから、これは日ソ共同宣言に明記されていない国後島と択捉島は領土交渉の対象外との考えを示したことを意味すると報じています。

東郷 そういう見解はしばしば聞かれますが、それはロシアが経済を食い逃げするのではないかという議論と同じく、対ロ恐怖心、対ロ猜疑心の表れです。交渉の歴史を振り返れば、ロシア側が56年宣言に言及する時は、交渉開始のシグナルと理解できると思います。ロシア側は、実際に56年宣言に基づいて議論が始まれば、日本側が必ず国後と択捉についても議論の俎上に乗せてくることはわかっています。そのことをわかった上で、プーチンは56年宣言に基づいて議論しようと言っているのです。

 そもそもプーチン大統領は56年宣言について述べているだけで、それ以上のことは何も言っていません。それを「56年宣言に触れたということは、歯舞と色丹の2島こっきりで押し切るつもりだ」と解釈して記事を書くこと自体、私には、論理的に整合しないように見えます。ロシアがこれから「譲歩を伴う本格的な交渉」を始めようとする時に、「ロシアは2島についてしか議論しないつもりだ」と言ってこちらからドアを閉めれば、どうやって交渉を進められるのでしょうか。対ロ恐怖心、対ロ猜疑心から抜け出した交渉に入らなければと思います。

―― 領土交渉を動かすためには、対ロ恐怖心を捨て去り、ロシアとの間に信頼関係を築く必要があるということですね。

東郷 その通りです。領土問題を解決するためには、ロシアとの信頼関係に基づき、ロシアと一緒に「問題を解決する知恵を探そう」という姿勢が必要になります。日ロ双方が、テーブルの反対側から「いかに相手に譲歩させ自分の譲歩を少なくするか」という態度をとっている限り、交渉は動きません。丸テーブルに一緒に座り、日本側から見ればどのように見えるか、ロシア側から見ればどのように見えるか、歴史的に見ればどのように見えるか等、こうした観点から「お互いにどういう解決が一番いいか」の知恵をしぼる態度が重要です。