自民党の派閥力学

安倍政権に不満を持っている派閥とは

 10月27日付の産経新聞に、額賀派の額賀福志郎元財務相が派閥会長を退き、竹下亘国対委員長が会長を継ぐという「竹下派」復活論が浮上していると記事が掲載されています。額賀派はもともと竹下登元首相が立ち上げた経世会の流れをくんでおり、かつては最大派閥として権勢をふるっていました。しかし、今は第二派閥に甘んじています。これは小泉純一郎総理が「自民党をぶっ壊す」として、派閥の力を削いでいったためでしょう。

 小泉総理は良くも悪しくも有言実行の政治家であったため、自民党の派閥政治はすっかり影を潜めてしまいました。もっとも、かつてほどではないとはいえ、今も派閥が一定の影響力を持っていることは間違いありません。特に自民党は上下関係に厳しいため、議員OBもそれなりの力を保持しています。それゆえ、今後の政局を見通すためには、派閥間にどのような協力関係や対立関係があったのかということを踏まえる必要があります。

 その点で、山崎拓氏の新著『YKK秘録』(講談社)はとても参考になります。山崎氏は幹事長として小泉政権を支え、各派閥と様々なやり取りをしてきました。本書を読めば、現在の安倍政権に対して、どの派閥が不満を持っているかということも見えてくるでしょう。

小泉総理をも怖気づかせる迫力

 また、本書には小泉政権時代の知られざる一面についても記されており、歴史資料としても価値のあるものだと思います。特に、小泉首相が田中眞紀子外務大臣を更迭する場面は圧巻です。やや長くなりますが、以下に引用します。

 1月28日夕刻、小泉首相から官邸に呼ばれた。何事かと思って執務室に入っていったら、小泉首相、福田官房長官、首相秘書官数名とヒゲの野上事務次官がいた。野上事務次官はすでに辞表を提出した様子だった。
 小泉首相から「側に坐ってくれ」と言われて、総理にいちばん近いソファーに坐った。小泉首相から、
 「田中眞紀子外相をやめさせることにしたので立ち会ってくれ」
 と言われたが、今さら否応もなかった。すぐに田中外務大臣が入ってきて、私の目の前の空いたソファーの席に着いた。田中外務大臣は、その場の異様な雰囲気と野上事務次官がいることに気づき、開口一番、
 「野上事務次官を馘にする話なら、小泉首相の力を借りる必要ありません。私の部下ですから、私の責任で始末します」
 と吠えるように言った。小泉首相は困ったような顔をして、
 「あなたの問題もありましてね……」
 と言った。田中外務大臣は、はっと気づいたらしく、
 「まさか私を更迭するというんじゃないでしょうね」
 と切り返してきた。小泉首相は私に向かって、
 「山崎幹事長、そうなんだよなあ」
 と振ったので、やむなく私も、
 「そうです。総理はあなたを更迭する決断をされたようです」
 と発言した。すかさず福田官房長官が横に坐って、「辞任届」と題する紙と硯と墨と毛筆を田中外務大臣の机の上に置いて署名を求めた。田中外務大臣は、
 「こんなものに署名できるか! 私はやめない!!」
 と言って立ち上がり、首相執務室から出て行ってしまった。後に残された者たちは呆然としたが、小泉首相が、
 「これでやめさせたことになったのかなあ」
 とつぶやいたので、首相秘書官の一人が
 「別に本人の自署がなくても、総理の発言があればよいのです。総理は間違いなく更迭という言葉を使われました」(実際は私が使った)
 と言った。それを聞いて小泉首相はやおら立ち上がり、部屋の隅にある大きな本棚に向かって辞書を取り出し、自分の坐席まで持ってきた。そして“更迭”という言葉を引き、小声で、
 「間違いない。“やめさせること”と書いてある」
 と言い、安堵したようだった。

 あの小泉首相が気圧されるという、実に貴重な場面だと思います。(YN)