トランプ新政権はイスラエル政策を転換するか

イスラエル入植を批判するアメリカ

 12月28日、アメリカのケリー国務長官はイスラエルによる入植活動の拡大を強く批判しました。これを受けて、イスラエルのネタニヤフ首相は同日に緊急会見を行い、「反イスラエルの決議のようにバランスを欠いた演説」、「外国の指導者に和平の重要性について講義を受ける必要はない」と不快感を示しました(12月30日付朝日新聞)。

 他方、トランプ氏はツイッターで「イスラエルが見下され、無礼な扱いを受けることを続けさせるわけにはいかない」、「イスラエル、強いままでいてくれ。1月20日(の大統領就任)は速やかに近づいている」として、政策転換を示唆しています。また、ネタニヤフ首相もトランプ氏に対する期待感を示しています(同前)。

 もっとも、トランプ氏が実際にイスラエル政策を転換するかどうかはわかりません。アメリカ国内のユダヤロビー団体の中にも、パレスチナ国家を承認しようという声があります。また、トランプ氏がパレスチナ問題に介入すれば、否が応でも中東問題にも関与せざるを得なくなります。これはトランプ氏の支持者たちの望むところではないでしょう。

 ここでは、弊誌2012年11月号に掲載した、地政学者の奥山真司氏のインタビューを紹介したいと思います。4年前の記事ですが、内容は全く古びていません。(YN)

アメリカで唱えられるイランの核武装容認論

―― 2012年7月号の『フォーリン・アフェアーズ』誌に、ネオリアリズム学派を打ちたてたケネス・ウォルツによる、「なぜイランは核兵器を保有すべきか」という論文が掲載された。それは、イランの核武装こそが中東情勢を安定させるという内容であった。

奥山 それはネオリアリズムの理論から導かれる当然の帰結だ。彼らの理論を簡潔に述べれば、大国がお互い核武装をすれば世界は平和になる、というものだ。もちろん小競り合いがなくなることはないが、核兵器による抑止力が働くため、大規模な戦争が起こることはない。

 たとえば、同じネオリアリズム学派に属するジョン・ミアシャイマーは、核武装した島国の大国がたくさんあれば、世界は完全に平和になると述べている。島国であれば軍事侵攻を受けることもないし、なおかつ核の抑止力が働くからだ。

 これは一般的な日本人の感覚からすると納得できないものかもしれない。それは日本人の考える「平和」と、ネオリアリストたちの言う「平和」が大きく異なっているからだろう。

 ネオリアリズムの理論では、「平和」とは何か、きっちりと定義されている。それは「戦争の休止状態」のことである。つまり、力が均衡し、紛争が起こっていない状態のことを「平和」と呼ぶのである。

―― イランの核武装を容認する論文が『フォーリン・アフェアーズ』に載ったということに大きな意味があるように思う。今後、これがアメリカの国家政策に反映されることはあるか。

奥山 大戦略を学んでいる人たちにとっては、大国には核武装させたほうが良いというのが常識だが、実務レベルの人たちはそうではない。

 ジョセフ・ナイなどがその典型だが、これまで外交の実務レベルを握ってきた人たちは、今まで自分たちが進めてきた政策を転換されることを嫌がる。彼らがイランの核武装を容認するとは考えにくい。

―― アメリカはこれまで、イランの核開発を放棄させるために経済制裁を行ってきた。

奥山 経済制裁を受けたからといって、核武装を行おうとしている国が核開発を断念することはない。それは北朝鮮を見れば明らかだろう。

 私がイギリスで教わったコリン・グレイ教授は核政策の専門家だが、彼は常々「核兵器は君に尊敬を与えてくれる」と言っていた。

 たとえば、インドが核実験した際、アメリカはやはりインドに対しても経済制裁を行った。しかし、アメリカは現在、中国に対抗するためにインドとの関係を強化している。また、北朝鮮に対しても、彼らが核武装した途端、それまでの態度を変えて、テロ支援国家リストからの削除や重油支援の表明などを行った。

 危険な兵器というものは、良くも悪しくも他国に対して畏怖の念を与える。それゆえ、イランが核開発を断念する可能性は少ないと見た方がいい。

ユダヤ・ロビー団体もパレスチナを承認し始めた

―― アメリカのイスラエルへの対応も変化するか。

奥山 アメリカ国内では最近、イスラエルを非難する声が強くなっている。たとえば、今年の3月に『シオニズムの危機』という本が出たが、この本の著者は、『ニューリパブリック』というややタカ派の雑誌で編集長を務めていたピーター・ベイナートという人である。『ニューリパブリック』はユダヤ系の団体によって支えられており、これまでも親イスラエル的な言論を展開していた。

 しかし、彼はこの本の中でイスラエルの国家政策を厳しく批判している。アメリカはこれまでイスラエルのためを思って多くの支援を行ってきたが、現在のイスラエルが行っていることは南アフリカのアパルトヘイトと同じではないか。アラブ人を露骨に人種差別している国を助けることは、アメリカの理念にそぐわないのではないか。そろそろイスラエルに変わってもらわなければならないのではないか――。

 このように、今日では、かつてイスラエルを擁護していた人たちですらイスラエルを批判し始めている。

 これはユダヤ人批判ではなく、あくまでもイスラエル批判だ。実際、アメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)というユダヤ人最大のロビー団体においても、パレスチナ国家を承認しようという流れが強くなっている。

 また、イスラエルに住むユダヤ人自身が、イスラエルが過去に行ったテロ行為や、現在行っているパレスチナ政策を批判するようになっている。ユダヤ人たちの中でもイスラエル国家を見直そうという機運が高まっている点は、注目すべきだろう。