安倍首相が恐れるシナリオ

脆弱で不安定な安倍政権

 自民党総裁選では石破茂元幹事長が予想を上回る善戦を見せ、地方票の45%を獲得しました。これにより、安倍政権は「安倍一強」と呼ばれてはいるものの、実は支持基盤が脆弱であることが露呈しました。今後、安倍政権は石破氏の顔色をうかがいながら政権運営に取り組んでいかなければなりません。

 これは10月2日に行われる人事にも影響を与えるはずです。現在報道されている範囲では、麻生副総理兼財務相、菅官房長官、二階幹事長の留任は固まっており、河野外相、茂木経済再生担当相、世耕経済産業相も留任の方向で調整し、岸田政調会長も留任を含め要職で処遇するということになっています。

 つまり、人事はほとんど変えないということです。正確に言えば、「変えない」のではなく「変えられない」のです。安倍政権は微妙なバランスの上に成り立つ脆弱な政権なので、少しでも人事をいじればバランスが崩れ、一気に崩壊に向かう危険性があるからです。

 他方、野田総務相と石破派の斎藤農相については交代を検討していると報道されています。野田氏は党内でも支持者が少ないので、交代しても政権に影響はありません。

 しかし、斎藤氏は違います。もし斎藤氏を交代させ、石破派から閣僚を一人も入れないようであれば、石破氏が地方票45%を背景に政権批判を強めるはずです。安倍首相が賢ければ、むしろ石破派に2つ以上閣僚ポストを与え、政権の安定を図るでしょう。

「ロッキード国会」の再来になるか

 いま安倍首相が最も恐れているのは、任期途中で政権が崩壊することだと思います。任期途中で政権を放り出さなければならなくなった場合、安倍首相には後継指名する力は残っていません。そのため、次の総理は安倍首相に批判的な人が就くはずです。そして、安倍首相や清和会の影響力を削ぐために、森友・加計問題を再び俎上に載せるはずです。

 ロッキード事件が起こったときがまさにそうでした。このとき総理大臣だったのは三木武夫です。三木は政敵である田中角栄を倒すために、徹底的にロッキード事件を利用しました。 元参議院議員の平野貞夫氏は『田中角栄を葬ったのは誰だ』(K&Kプレス)で、当時の状況をこう述べています。

 二月六日午後二時四分。衆院予算委員会では、予想した通り、すべての審議はロッキード事件絡みとなった。

 外務省アメリカ局長の山崎敏夫が、在米日本大使館からの報告を行う。その大半は、すでに新聞で報道されている内容で、とりわけ目新しい情報はない。

 野党は追及の手を緩めない。

 社会党は「爆弾男」の異名を持つ楢崎弥之助と小林進、共産党が正森成二、公明党は小川新一郎、民社党は小沢貞孝と、各党自慢のエースを出してきた。

 ところが、そんな野党の追及にたじろぐどころか、待ってましたとばかりに、三木首相はこう切り出す。

 「アメリカの外交委員会の小委員会の調査が進んでおるわけであります。その証言の中に、日本の政界とも関係があるような、関連があるやに噂されておるというような発言もありまして、日本の政治の名誉にかけてもこの問題はやはり明らかにする必要がある。

 これは国民としても非常に疑惑を持っておるでしょうから、できるだけわれわれの手の届く限りで材料を収集して、もしそれが法規に抵触するならば厳重な処置をしなければならぬ、こういうふうに考えています」

 まさに野党が望んだ回答をしたのである。

 「日本の政治の名誉にかけても、この問題を明らかにする必要がある」

 三木首相の発言は、「やじろべえ」の片側に重りをつけ、バランスを崩すことを意味していた。単なる野党や世論に対するリップサービスだけではあるまい。

 たとえ幹事長の中曽根によって政権が傷ついたとしても、ここで田中角栄を絶対に潰してやる――そんな「政敵・田中角栄」に対する宣戦布告でもあったのだ。

 もしこうした状況になったとき、安倍首相はどうするのか。いくつかシナリオは考えられますが、政局は水物ですので、あまり先々のことを予想しても仕方ないかもしれません。少なくとも、安倍政権が今後難しい政権運営を迫られていることだけは確かです。