自衛隊は政治に容喙してはならない

二・二六事件を繰り返すな

 民進党の小西洋之参院議員が現職自衛官から「お前は国民の敵だ」と罵声を浴びせられるということが起こりました(4月17日 朝日新聞)。自衛官は最終的には発言を撤回し、謝罪したといいますが、決して看過できない問題です。小西議員に批判的な人たちの中には、「お前は国民の敵だ」という指摘は正しいではないかと思っている人もいるかもしれません。しかし、いかなる理由があろうとも、自衛隊が政治に容喙するようなことを許してはなりません。戦前の二・二六事件のようなことが再び起こることは絶対に避けなければなりません。

 ここでは弊誌2017年9月号に掲載した、作家の佐藤優氏のインタビューを紹介します。全文は9月号をご覧ください。

軍人勅諭の精神に立ち戻れ

―― 稲田氏が「明日なんて答えよう」と述べていたという記録は、陸自からリークされたものだと言われています。自衛官たちが稲田氏を追い出すためにリークしたとすれば、一種のクーデターです。

佐藤 その通りです。もちろん自衛隊を抑える能力と適性がない人間を防衛大臣に据えたという点では、安倍首相にも責任はあります。しかし、いかなる理由があろうとも、自衛隊は政治に容喙してはなりません。それは、自衛隊が武器を持つ役所だからです。武力を行使できる公務員たちが下克上を起こすようなことは、絶対に許してはなりません。

 それは歴史を振り返れば明らかです。1932年に、帝国海軍将校らが総理大臣の犬養毅を暗殺した五・一五事件が起こりました。これに対して、当時の日本では「方法はともかく、動機はわかる」として、刑の減免を求める運動が起こり、将校らへの判決は軽いものとなりました。この対応が後に、陸軍将校が大蔵大臣の高橋是清や、内大臣の斎藤実らを殺害した二・二六事件を誘発することになったのです。

 二・二六事件以降、政治家や言論人たちは軍事官僚を恐れ、日本は戦争へなだれ込んでいきました。人間は暴力装置には逆らえません。だからこそ武器を持っている官庁には特別なモラルが求められるのです。

 実際、戦前の軍人勅諭でも、「兵力の消長は是国運の盛衰なることを弁へ世論に惑はす政治に拘らす只々一途に己か本分の忠節を守り義は山嶽よりも重く死は鴻毛よりも軽しと覚悟せよ」として、軍が政治に関与することを禁じていました。もし戦前の軍人たちが軍人勅諭を守っていれば、日本の国家体制がおかしくなることはなかったはずです。

 こうしたことはシビリアンコントロールの基本であり、自衛隊法以前の話です。もし大臣や政権の方針に不満があるならば、組織内部の正規の手続きに則って意見を述べるべきです。あるいは、防衛官僚や自衛官をやめて一言論人として自分の信念を発言するか、政治家になるべきです。安倍政権は自衛官たちが二度とこのような行動をとらないように、自衛隊に軍人勅諭を暗唱させ、軍人勅諭の精神を叩き込んだほうがいいのではないでしょうか。

―― 防衛事務次官や陸幕長は辞任しましたが、内部文書を流出させた自衛官は処分されていません。

佐藤 情報をリークした自衛官たちにもきちんと責任をとらせる必要があります。そうでなければ、彼らにとって不都合な人間が防衛大臣になった時に、また同じような問題が起きかねません。今回は文書のリークでしたが、次は武器を持って立ちあがるということにならない保証はどこにもありません。……