日米地位協定を改定せよ

効果の乏しい補足協定

 1月16日、日米両政府は沖縄で起こった元米海兵隊員で米軍属による暴行殺害事件を受け、日米地位協定上の軍属の範囲を明確化するための補足協定を結ぶことで合意しました。補足協定では、技術アドバイザーやコンサルタントとして軍と契約した業者の従業員のうち、(1)高等教育を通じて技能を取得、(2)米国政府のセキュリティークリアランスを保持、(3)米国政府の省庁などが発効する資格の保持、(4)緊急事態に専門的な任務を行うため91日未満の滞在、(5)日米合同委の定めた場合、の5点のうち一つでも満たした人が軍属の地位を得るとされています(1月16日付沖縄タイムス)。

 しかし、これでは問題解決にはつながりません。沖縄で悲劇を繰り返さないためには、日米地位協定の改定が必要です。世界を見渡しても、アメリカとこれほど屈辱的な地位協定を締結しているのは日本だけです。我々はその事実をしっかりと認識する必要があります。

 ここでは、弊誌2016年7月号に掲載した、東京外国語大学教授の伊勢﨑賢治氏のインタビューを紹介したいと思います。なお、ウェブサービスnoteにご登録いただくと、このインタビューの全文を100円で読むことができます。noteの登録は無料です。是非お試しください。(YN)
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沖縄の女性殺害事件の本質は日米地位協定だ

―― 沖縄で米軍属の男による強姦殺人・死体遺棄事件が起き、改めて日米地位協定が問題化しています。

伊勢﨑 今回の事件は日米地位協定の問題です。日米地位協定は在日米軍の法的地位に関する取り決めで、米軍人が事件を起こした場合の裁判権などについて規定しています。「公務内」の事件ならば、軍事業務上の過失と見なされ、裁判権はアメリカに認められています。軍人ならば軍法会議で、軍属ならば軍事域外管轄権法で裁かれる。一方、「公務外」の事件は軍事業務上の過失とは見なされず、裁判権は日本に認められています。しかし公務外に事件を起こした軍人・軍属の身柄をアメリカが先に確保したら、日本に引き渡さなくてもいいことになっている。今回の事件は公務外に事件を起こした軍属の被疑者を日本が先に確保したからいいものの、アメリカに先に捕まえられていたら日本は手出しできませんでした。

 現在、沖縄を中心に日米地位協定の改定を求める声が高まっています。当然です。しかし、日米地位協定を改定しても、米軍人・軍属の犯罪が減るわけではありません。それゆえ、外国人犯罪の問題と日米地位協定の問題はしっかりと区別しておく必要があります。今回の事件を外国人犯罪の一つと捉えて、「アメ公ふざけるな」と反米感情を燃え上がらせるだけでは、地位協定の問題を見逃すことになります。この悲劇が我々に突きつけているのは、日米安保条約によって国内に国家主権の及ばない世界を内包する、我が国の在り方そのものなのです。

 とはいえ、体内に米軍基地を置いている国は日本だけではありません。アメリカは色々な国に軍隊を置き地位協定を結んでいます。地位協定(SOFA:Status Of Forces Agreement)というのは、国内に存在する外国軍の地位に関する条約です。

 そもそも論で言えば、戦争中ならともかく、平和時に国内に外国軍が存在しているというのは異常事態です。しかし第二次大戦後に冷戦時代が始まると、この異常事態は常態化していきます。冷戦時代では「平和時」でもないが「戦時」でもない準戦闘状態が日常的に継続したからです。それゆえアメリカは同盟国に米軍基地を置き、ソ連を牽制しなければならなかった。こういう背景から各国で地位協定が結ばれるようになっていきました。

独伊の米軍基地は「許可制」

―― アメリカは数多くの国と地位協定を結んでいます。

伊勢﨑 日米地位協定はその中でも〝特異〟です。他の地位協定を見ながら考えていきましょう。

 まずアメリカの地位協定で、外交上、そして軍事戦略上、最も重要なのは、アメリカもその一員として参加するNATO地位協定(1951年)です。ここでのポイントは「互恵性(reciprocal)」です。NATO地位協定は、NATO加盟国がお互いに基地を置き合うことを前提に地位協定を結び、裁判権などの特権を認め合っています。法的には、どんな小国でもアメリカと対等で、特権は「互恵的」なのです。それゆえNATO地位協定の条文では、主語は「派遣国」「受入国」としか書かれていません。

 それに対して日米地位協定は「互恵的」ではありません。基地を置き合うことを前提にしていないので、日本は在日米軍に特権を認めますが、アメリカは「在米自衛隊」に同じ特権を認めるわけではない。そもそも在米自衛隊など想定されていません。それゆえ条文は「日本」「アメリカ」という主語で書かれています。

 NATO地位協定はNATO加盟国の事情に合わせて細かい取り決めを交わす「サプレメント(補足協定)」というものがあります。米独はボン補足協定(1959年)を結んでいます。冷戦後の大改定を含む何度かの改定を経て、ドイツは米軍基地の管理権、制空権、環境権を回復し、米軍の全行動をドイツの国家主権の下に置いています。在独米軍の訓練を含む全ての活動や、核を含めて何を持ち込むかは、ドイツの「許可制」なのです。米軍は訓練計画を提出しなければならないし、米兵が射撃訓練を行ったり米軍用車が排気ガスを出したりする場合はドイツの規定に従わなければいけません。