終末思想が広まる日本

それでもTPP賛成が過半数

 アメリカ大統領選挙において共和党のトランプが勝利を収めました。これによって、TPPの発効は極めて難しくなったと思います。ところが、日本世論調査会が行った世論調査では、TPP承認案・関連法案の成立に「賛成」との回答が51%を占める結果となりました(11月13日付佐賀新聞)。

 アメリカが参加しなければTPPは発効できないにもかかわらず、それでもTPP承認案・関連法案の成立を望むのは、何か特別な心理が働いているからでしょう。この心理とは一体何なのかということを探る必要があります。
 
 ここでは、弊誌増刊号「貧困・格差・TPP」に掲載した、日本総合研究所主席研究員の藻谷浩介氏のインタビュー記事を紹介したいと思います。(YN)

終末を待ち望む人々

―― 安倍総理はかつて「瑞穂の国の資本主義」をキャッチフレーズとして、農業を絶対に守るかのような発言を繰り返していました。しかし、「瑞穂の国の資本主義」とは一体何を意味するのか不明瞭であり、具体性に欠けます。

藻谷 富ヶ谷(*編集部註:渋谷区富ヶ谷。安倍総理の自宅がある)で考えた「瑞穂の国」なのだから、具体性に欠けるのは当然です。富ヶ谷に田んぼはありませんから。

 もっとも、総理のような理念倒れの人はいつの時代にもいるものです。むしろ考えなければならないのは、どういう人たちが安倍総理を支持しているのかということです。

 例えば、甘利明経済再生担当大臣が違法献金疑惑で辞任したことを受け、新聞が世論調査を行ったところ、安倍政権の支持率が上昇したことがわかりました。もともと安倍政権を支持していた人たちは別にして、ここで安倍政権支持に変わった一般庶民とはどういう人たちなのかということを考える必要があります。

 ナチス・ドイツを選挙で選んだ当時のドイツ人の心境を考えてみたことがありますか。その後の戦争で、ドイツはほぼ全土で壊滅的打撃を受けました。彼らはいくつもの会戦で10万人単位の死傷者を出しています。あの硫黄島ですら日本側の死者は2万人ほどですから、これがどれほど悲惨な状況かわかるでしょう。

 でもドイツ国民の多くは降伏の直前まで、ヒトラーという、ついこの間現れた人間のために命を賭けて戦っていました。そういうこともあるくらい、政治に関する世論には理屈を超えたところがあります。

―― なぜ安倍政権は支持されているとお考えですか。

藻谷 先日、とある会館のロビーで仕事をしていたところ、団塊の世代と思しき男性3人が安倍政権について声高に話をしていました。彼らは「議論はもういい、実行だ。とにかくやってみろ。失敗でも何でも、行く所まで行けばいいんだよ」と話していました。

 ここに安倍政権が支持される理由が端的に出ています。TPPにしろ原発再稼働にしろ株価対策にしろ、安倍政権はとにかく何かをやっています。その成果が出ているから支持されているのではありません。現に経済はまったく成長していないし、株価もまた下がり始めました。それでも、「とにかく何かをやっている」という姿勢が支持されているのです。甘利問題について言えば、盟友の甘利大臣を辞任させてでも何かをやろうとしている、という姿勢によって支持率が上がったのです。

 この点は内田樹さんと対談した時にも話題になりました。内田さんは安倍政権を支持する人たちには「早送り願望」があると指摘しています(『新潮45』2015年1月号)。
 
 彼らは早送りして映画の結末を見たがっているようなもので、とにかく結果を知りたいのです。今何が起こっているのかわからないので、早く結末を知って安心したいのです。彼らが原発再稼働やTPPを支持しているのも、早く行き着くところまで行きたいからです。

 それと同時に、彼らには、安倍政権が長く飽き飽きとした戦後を破壊してくれるのではないかという期待感もあります。株価が下がっても安倍政権の支持率が上がるのはそのためです。株価の下落は戦後の終末が近付いた証拠だということで、むしろ気分が高揚しているのではないでしょうか。