【書評】 これから50年、世界はトルコを中心に回る

 近代は白色人種の時代であった。何故か。彼らの人口が多かったからである。中世末期、西洋では人口爆発が生じたため、社会的なポストが不足するようになった。そのため、多くの人々が国外へと渡り、次々と植民地を形成していったのである。
 人口が国力を左右するのは、現在においても同様である。アメリカが積極的に移民を受け入れ、また、ヨーロッパがEUを形成したのは、人口を増加させるためである。
 しかし、もはや白色人種の時代は終わりを迎えつつある。それは、アメリカの没落やユーロ危機を見れば明らかだ。アメリカ国内では白人は少数民族となった。ヨーロッパでは移民反対の声が高まり、それはEU崩壊へと繋がりかねないほどナショナリズムを高揚させている。
 白色人種が減少する一方で、有色人種の数は爆発的に増加している。2050年にはインドは中国を抜き、世界一の人口数になると言われている。また、パキスタンやインドネシアなど、イスラム圏の人口増加には目を見張るものがある。
 もっとも、ただ人口が多ければ良いというわけではない。政権が不安定で、虐殺やテロが日常茶飯事といった国家では、強かな白人国家と渡り合うことはできない。それを為し得る国、それがトルコ共和国だと筆者は指摘する。

 トルコの人口は7400万人、29歳以下の若者層が総人口の約半分を占める若い国である(本書9頁)。トルコ東部には膨大な量の石油や天然ガス、レアメタルが埋蔵されており(25頁)、2017年までのGDP成長率は6・7%と言われている。
 トルコの急成長は人口増加や豊富な資源だけによるのではない。トルコには、それらを使いこなすことのできる強い指導者がいるのだ。それがエルドアン首相である。
 エルドアンはイスタンブール市長時代、トルコを覆う世俗主義を批判してイスラム復興を掲げた。たとえば、西洋式の新年の祝いなど批判し、女性が仕事中にスカーフを着用することを黙認した(29頁)。
 1997年には、イスタンブールにおける政治集会でイスラム賛美の詩を朗読し、イスラム原理主義を扇動したとして4年半の実刑判決を受けて入獄している。
 もっとも、エルドアンは決して非イスラム教徒を迫害するような真似はしない。オスマン帝国の伝統を誇る彼らトルコ人は、国籍や人種、宗教に関係なく、全ての人間を受けいれる寛容の精神を持ち合わせているからだ。

 イラン情勢が緊迫する現在、国際社会はもはやトルコを抜きにして中東ついて語ることはできない。
 アメリカはイスラムを理解できないため、これまで対応をことごとく誤ってきた。加えて自国経済が疲弊し、もはや中東に手を回す余裕がない。そこで、西洋的な面も備え、イスラムだけでなくユダヤをも熟知するトルコの力を頼るようになってきている。
 トルコとユダヤ人の関係は14世紀にまでさかのぼる。オスマン帝国時代、トルコはスペイン軍に迫害されていたユダヤ教徒を救出し、帝国内に移住させた。トルコ共和国建国時には、ギリシャに住む25000人ものユダヤ人を移住させている(153頁)。このような歴史的背景があるため、ユダヤ人に「世界で一番安堵できる国はどこか?」と質問すると、多くはトルコの名を挙げるのである。
 また、イスラエルは敵国に囲まれているため、戦闘機の飛行訓練に障害が多い。そのため、トルコにお願いしてトルコ領空内における軍事訓練を認めてもらっている(156頁)。
 しかし、だからと言って、トルコがイスラエルを盲目的に擁護することはない。2009年のダボス会議において、イスラエルのペレス大統領は、イスラエル軍のハマスに対する攻撃と虐殺の正当性を25分間にわたって述べた。会場は拍手の渦に包まれた。
 それに対して、続いて登壇したエルドアン首相は、会場を見渡して「人殺しに拍手か?恥を知れ!貴様らも同罪だ!」と強い口調で非難したのである(30頁)。

 1905年、日本がロシアのバルチック艦隊を撃滅した際、トルコ人は「日本の勝利は、われわれ有色人種の勝利だ!」と狂喜した(162頁)。彼らは日本に学び、それから100年を経た現在、再び大国となりつつある。
 今度は日本がトルコに学ぶ番である。トルコ台頭の背景には、現在の日本の閉塞状況を打破するためのヒントが隠されている。日本唯一と言えるイスラム専門家による本書は、それを学ぶための最良の道案内役となるだろう。

(編集委員 中村友哉)