アメリカ大企業が仕切るTPP交渉
── 農産物だけではなく、医療や保険など、TPPの個別の議論が深まり、「結局、TPPはアメリカの大企業に都合のいいルールを各国に押し付ける道具なのではないか」という批判が高まってきている。こうした中で、内田さんは三月四日から十三日までシンガポールで開催された第十六回TPP交渉会合に参加し、その実態を見てきた。
内田 交渉会合にはアメリカのNGO「パブリック・シチズン」のメンバーとして参加した。会合には参加十一カ国の交渉官約三百人と、各国の企業や業界団体、NGO、労働組合などステークホルダー(利害関係者)が約三百人参加していた。交渉は、完全な密室で進められる。会議室に入れるのは各国の交渉官だけだ。
今回はっきりした事は、TPPが大企業、特にアメリカ大企業の利益のためのものであるということだ。約百のステークホルダーのうち約八割は企業、業界団体、企業連合で占められ、その約八割がアメリカ企業なのだ。例えばカーギル、フェデックス、VISA、ナイキ、グーグル、フォードといった企業が名を連ねている。
さらに、アメリカの大企業約百社が加盟している「TPPを推進する米国企業連合」や、米国商工会議所、米国貿易緊急委員会なども参加している。
会期中に一日だけ「ステークホルダー会議」が開催され、これらの企業や団体はプレゼンテーションやブース出展などをして、各国交渉担当官と会話を交わす。「TPPが実現すれば、あなたの国にこれだけの投資をします」といった言葉で、TPPのメリットを巧みにPRしている。つまり、露骨な「商談」が進められているのだ。このようなことは、WTO交渉のときでさえなかった。
── まさにアメリカの大企業のためのTPPだ。
内田 三月八日にはレセプションが開催されたが、それを主催したのが在シンガポール米国商工会議所だったことも、アメリカ企業の特別な地位を象徴している。冒頭のスピーチで、同団体代表は「TPPで自由貿易をさらに促進すれば、各国の経済発展は必ず約束されている」と得意満面に語った。
日本の財界は交渉中のテキストを入手済み?
内田 知的所有権のさらなる保護によって利益を確保したいアメリカ大企業の思惑も、今回垣間見ることができた。
私はいくつかの企業のプレゼンテーションに参加した。例えば、ディズニーの商品を開発・販売するタイム・ワーナー社のプレゼンでは、十五分の発表時間の七分ほどがビデオ上映に割かれた。ディズニーが世界各地の人びとに与える楽しい夢や、コンテンツがいかに素晴らしいかを強調した内容だったが、知的所有権の保護についてもしっかりアピールしていた。
三月四日には、PhRMA(米国研究製薬工業協会)が、各国交渉担当官に宛てて、「知的所有権のさらなる強い保護を求める要望書」をリリースしていた。この要望書では知的所有権は医薬品アクセスのために絶対に必要などと主張されているが、その論理は一方的なものだ。実際、会合に参加していたマレーシアのエイズ患者支援団体は、知的所有権が大企業に有利に拡大されることによってジェネリック薬が患者に届かなくなると主張していた。
── 米韓FTAによって、アメリカの大手製薬会社の利益を拡大するために、韓国では安価なジェネリック薬が買えなくなっているとも指摘されている。
内田 実は、この米国研究製薬工業協会には、ファイザーやジョンソン&ジョンソンなどのアメリカ多国籍企業だけではなく、エーザイや第一三共薬品などの日本企業の在米支社も加わっている。つまり、すでに日本企業は間接的にではあるが、アメリカの業界団体の一部として、TPP交渉の中で自らの利益を要求しているということだ。製薬会社に限らず、日本の財界は在米企業を通じて、すでに交渉中のテキストを手にしている可能性もある。……
以下全文は本誌5月号をご覧ください。