安倍晋三首相と橋下徹氏を結びつけるもの

「自己剥奪感」に苦しむ人々

 12月24日に安倍晋三首相と日本維新の会の橋下徹顧問が会談し、カジノや国際博覧会の大阪誘致、外交などについて話し合ったと報じられています。会談には菅義偉官房長官や松井一郎大阪府知事も同席しており、改めて彼らの蜜月ぶりが示される形となりました(12月24日付朝日新聞)。

 安倍首相が橋下氏に近づくのは、もちろん憲法改正のためです。報道では明らかにされていませんが、おそらく憲法改正についても話し合われたはずです。また、安倍首相は橋下氏と主義主張において一致する点が多いので、個人的に親しみを感じているという側面もあると思います。

 そこから考えると、日本会議をはじめとする安倍首相の支持者たちと、橋下氏の支持者たちにも、主義主張において共通する点が多いと思われます。しかし、彼らの最大の共通点は、主義主張ではなく、「自己剥奪感」に苦しんでいることです。

 ここでは、『日本会議をめぐる四つの対話』(弊社刊)に収録されている、著述家の菅野完氏と京都精華大学専任講師の白井聡氏の対談を紹介したいと思います。

自己啓発的なノリ

菅野 それでは一体誰が日本会議を支えているのかという話になるわけですが、それは宗教というよりも、先ほど話に出た「自己啓発的なノリ」だと思います。「少しでも幸せになりたい」「日々の生活をちょっとでも楽にしたい」という自己啓発的なノリこそ、現在の日本の得体の知れない右傾化の源泉なんじゃないかなと思うんです。

 例えば、安倍首相は伊勢志摩サミットの際に各国の首脳を連れて伊勢神宮に行きましたでしょう。それについて「国家神道の復活だ」と批判している人たちがいます。僕自身はあれは外交儀礼的に通常の対応だと思っていますが、あの問題を批判している人たちが見落としているのが「自己啓発的なノリ」です。

 もし東京から伊勢神宮に行こうと思えば、東海道新幹線を利用しますよね。その車内のポスターには、「伊勢神宮で神様と心の洗濯」なんて書かれているわけですよ。

白井 葛西名誉会長ですからね。

菅野 安倍首相の伊勢神宮参拝を批判する人たちも、足元で自己啓発的なもの、スピリチュアルなものが蔓延していることには平気になっちゃっているんです。

白井 自己啓発的なノリが求められるのは、人々の間に「自己剥奪感」が広がっているからだと思います。これに関して言いますと、黒子のバスケ事件(漫画『黒子のバスケ』の作者の関係先に、不審物や脅迫状などが送りつけられた事件)の犯人の最終意見陳述が話題になりましたよね。あれは僕にとって非常に印象的だったんです。

 彼はあの中で、なぜ自分があんな事件を起こしてしまったのかということを自己分析しているのですが、要するに親からのネグレクトですね。私は彼の陳述を読んでネグレクトには色々な種類があるということに気づかされたんですが、彼は別に物質的に飯を与えられなかったということではなく、心理的ネグレクトを受けていたと言います。とにかくお前はああしなきゃいけない、こうしなきゃいけないと両親からガミガミ言われ、それができないとひどく叱られる。たとえできたとしても全然ほめてくれない。彼は名門の県立高校に進むんですが、良い高校に入らなければ何をされるかわからないという恐怖心からひたすら勉強したというんですね。

 彼はそのことについて、これは「努力」ではないと言っています。その比喩が卓抜なんだけども、人は夜道で強盗に襲われれば全力疾走で逃げるけれど、その全力疾走を「努力」とは誰も呼ばないでしょう、と。自分のやってきた「努力」とはそういうものだった、と。

 そのような努力はいつまでも続けられるものではないから、彼はどこかでぷつんと切れて、ドロップアウトしてしまったんですね。それで人間関係もうまくいかず、職を転々とし、世の中を恨むようになった。その結果、逆恨みに基づいて事件を起こした、と自己分析しています。自分がなぜこうなってしまったのかということを、あそこまで理路整然と語ることができる人は非常に珍しいと思います。

 それから、彼は自分のような精神形成をした人たちこそが、ネトウヨや安倍自民党の熱烈な支持者になっているのだ、とも言っています。それはたぶん正しいと思います。ネトウヨや在特会(在日特権を許さない市民の会)が一体どのような社会階層出身なのかということについては、安田浩一さんが『ネットと愛国』(講談社)を出版して以来、多くの見解が出されています。安田さんの本に基づけば、引きこもりなどわかりやすい形で疎外された人たちが荒唐無稽な陰謀論やイデオロギーを信じ、ついにはヘイトスピーチまでするようになったということになります。

 ただ、他方で、ネット上の書き込みなどを見ていると、ちゃんとした学歴もあって、一流と言われるような企業に勤めていたり、海外駐在経験があるような、どちらかと言えば上層の人たちまで右傾化しているんですよね。

菅野 そうですね。

白井 あるいは少し前の話で言えば、大阪市解体問題で橋下徹さんを支持したのも、中層以上の人たちでした。だから、ちゃんと働いていてそれなりにお金を持っているような人たちも自己剥奪感に苦しみ、ネトウヨ化しているということに目を向けるべきだと思うんです。

 自己剥奪感とは要するにネグレクトされているという感情ですから、そういう意味では、今の日本社会には黒子のバスケ事件の犯人と似たような生き方をしている人が、収入にかかわらずたくさんいるということです。彼の場合は刑法で裁かれるような罪まで犯してしまったわけですが、そこまでいかなくとも、同じような感覚が薄く広く共有されているのだと思います。こうした中で、日本会議はまさに「水を得た魚」のようになっています。

なお、ウェブサービスnoteにご登録いただくと、本書の「はじめに」全文を無料で読むことができます。noteの登録は無料です。是非お試しください。(YN)