山崎行太郎 翁長知事は米政府・国連と直接交渉せよ

安倍政権は沖縄の民族意識を覚醒させた

── 衆議院選挙では沖縄の選挙区で自民党が全敗しました。この結果についてどのように考えていますか。

山崎 沖縄で反政府的な民意が強くなっているということです。一部では未だに「本土の左翼が乗り込んで工作したためだ」などという議論が見られますが、あまりにも表層的です。マルクスは『ヘーゲル法哲学批判序説』で、宗教批判は、宗教を生み出した現実的背景への批判に取って代わらなければならないと言っています。沖縄問題も同じです。現象や体験だけで沖縄問題を論じることはできません。歴史的背景を知ることが大事です。

 本誌1月号でも述べたように、沖縄の歴史を踏まえれば、沖縄が反政府的になるのは当然のことです。沖縄はもともと琉球王国という独立国家を形成していました。国際的にも独立国家として認められており、アメリカやフランス、オランダとも条約を結んでいます。

 ところが、明治政府によって行われた琉球処分により、沖縄は強制的に日本国家の中に取り込まれることになりました。日本統治下に置かれた沖縄は、日本本土から様々な酷い仕打ちを受けました。有名なのが「人類館事件」です。1903年に大阪で内国勧業博覧会というものが開催されました。そこに設置された「学術人類館」という見世物小屋には、アイヌ人や朝鮮人、琉球人など生きた人間が展示されていたのです。沖縄は日本の一部になったにもかかわらず、徹底的に差別されたのです。

 しかし、日本政府がどんどん同化政策を進めていったため、沖縄のほとんどの人々は独立の願望を失っていきました。彼らとしても、過去のことは忘れ、日本人として生きていこうと努力してきたのだと思います。その結果、米軍統治時代に起こった「祖国復帰運動」に見られるように、自分たちはもともと日本人だという意識さえ持つようになりました。

 ところが、米軍基地問題をめぐり、日本政府が沖縄に対して非常に冷たく残酷な対応をしたため、沖縄の人たちは「自分たちはひょっとしたら日本人ではないのではないか」と思い始めるようになっています。安倍政権の差別的な態度が、沖縄の民族意識を覚醒させたのです。

 その結果、今や「琉球独立論」が言葉遊びでは済まされなくなってきています。私は前回「沖縄独立論」と言いましたが、これは正確ではありません。龍谷大学の松島泰勝氏が『琉球独立論』で指摘しているように、本来「沖縄」とは沖縄島という一つの島の名称です。明治政府は琉球王国を併合する際、「琉球」という名前を捨てさせ、「沖縄」という名前を強制しました。それ故、彼らにとって「沖縄」は日本支配を象徴する言葉なのです。

 安倍政権が現在のような対応を続ければ、何かをきっかけに、沖縄は一気に「琉球独立」へと進んでしまうかもしれません。今の沖縄がそれほど深刻な事態にあるということを、安倍総理や多くの日本国民は理解できていません。


日本分裂の可能性を考慮せよ

── とりわけ保守派と呼ばれる人たちは沖縄の深刻さを理解できていないように思います。

山崎 保守派の中には「日琉同祖論」(日本人と琉球人は民族的な起源が同じだとする議論)を持ち出し、沖縄はもともと日本なのだから、彼らが独立することはないと主張している人もいます。しかし、同祖論は往々にして、外国を支配するために為政者が作り出した口実=物語に過ぎません。

 仮に日本人と琉球人が同じ民族だとしても、琉球人は琉球王国を形成していました。同じ民族が異なる国家を構成するというのはよくある話です。彼らが琉球王国の歴史にアイデンティティを見出せば、同じ民族だからといって独立志向を強めないとは限りません。

 また、同祖論は他にも日鮮同祖論(日本人と朝鮮人)や日猶同祖論(日本人とユダヤ人)などがあり、挙げていけばキリがありません。こんなものは真面目に議論するだけ時間の無駄です。

── なぜ保守派は事態の深刻さを理解できないのでしょうか。

山崎 それは彼らが「国家観」ばかりを論じているからです。例えば、櫻井よしこ氏は、国家観を持った政治家が必要だといったことを主張しています。彼女の言う国家観とは、今ある国家を当然視し、それをさらに強化するために必要な観点ということだと思います。

 それに対して、柄谷行人氏や佐藤優氏は「国家論」という言い方をします。国家論とは、今ある国家を当然視せず、「国家とは何か」ということを徹底的に考えることです。国家論を踏まえれば、国家はある種の人工物であり、常に分裂の可能性を秘めていることがわかります。これは日本だけでなく、スコットランド問題やウクライナ問題、あるいはチベット・ウイグル問題を見ればわかるように、あらゆる国家について言えることです。……


以下全文は本誌2月号をご覧ください。