高永喆 北朝鮮の地政学的戦略を読み解く

北朝鮮は「親米国家」になりたがっている

── 北朝鮮が第5次核実験を断行しました。地政学的な観点を踏まえた上で、北朝鮮の行動をどう見るべきか、元韓国軍情報将校出身の高さんにお話を伺いたい。

 確かに「地政学」は、北朝鮮の行動を理解するキーポイントですね。まず東アジアの地政学的な情勢を確認しましょう。戦後の東アジアでは、大陸国家と海洋国家が朝鮮半島で対峙しています。すなわち北朝鮮、中国、ロシアと韓国、アメリカ、日本が38度線を挟んで対峙しているという構図ですね。その中で北朝鮮は言いたい放題、やりたい放題に振る舞っていますが、それは北朝鮮の地政学的な戦略に裏づけられています。

 朝鮮は歴史的に中国の圧力に晒されてきましたが、近代以降ロシアが東アジアに登場したことで、新しい地政学的な戦略が可能になりました。中ロ両国を天秤にかける「二股政策」です。北朝鮮はこの戦略を最大限に活用しています。つまり、中国が北朝鮮を支援しない場合、北朝鮮はロシアに近づくということです。また北朝鮮の核は北京を射程圏内に入れています。

 中国は表面的に北朝鮮を非難しようとも、核実験やミサイル発射を黙認せざるをえないのです。確かに中国からの石油パイプラインは北朝鮮の生命線です。その意味で中国は北朝鮮の生殺与奪権を握っています。しかし実際には、中国は石油パイプラインの封鎖はおろか、まともな経済制裁を課すことができない状況です。

 北朝鮮の「二股政策」はソ連崩壊後も継続しています。これはイデオロギーではなく地政学に基づく戦略なので、いつになっても変わらない普遍的な政策だといえます。

── 北朝鮮の核実験はどう見るべきですか。

 北朝鮮の悲願は、アメリカによる金王朝の承認と平和協定の締結、すなわち朝鮮戦争の終結です。現在まで北朝鮮と韓米は朝鮮戦争を「休戦」している状態なので、きちんと「終戦」したいということです。

 だから北朝鮮はしばしばアメリカに平和協定の交渉を提案しています。北朝鮮は建前としては「親米国家になりたい」「その用意がある」というシグナルを発しているのです。その意味で北朝鮮は中国、ロシアだけではなくアメリカとも関係を持つ「三股政策」を取ろうとしています。しかしアメリカは先に「非核化」を交渉条件に掲げ、北朝鮮の提案を拒否しつづけています。

 北朝鮮はこの状況を打開するために、本気で米本土に対する核攻撃能力を手に入れようとしています。仮にそうなれば、アメリカは北朝鮮の要求を呑まざるをえず、韓国は見捨てられる恐れがあります。これは韓米の専門家の間で最も懸念されている事態です。

 ベトナム戦争はアメリカと北ベトナムの間に平和協定が結ばれた結果、北ベトナムが南ベトナムを滅ぼして南北統一を果たしました。米朝の平和協定が実現した場合、朝鮮半島はベトナムと同じプロセスを辿る可能性があります。そうなれば日本も無事では済みません。

アメリカが北朝鮮を空爆する日

── 北朝鮮は米本土に対する核攻撃能力を得るために、「二股政策」で時間を稼いでいる状況なのですね。

 しかし北朝鮮にとって時間稼ぎは諸刃の剣です。核開発を終わらせる前に崩壊する可能性があるからです。

 まず金正恩がいなくなるケースが考えられます。たとえば暗殺です。金正恩は余りにもやりすぎです。これまでに北朝鮮ナンバー2とされた張成沢、政府の金勇進副首相、軍の玄永哲武力部長を始め、約130人もの労働党や人民軍の幹部を処刑しています。金日成や金正日時代の粛清は大半が左遷や強制収容所送りなどでしたが、金正恩の粛清はほとんどが処刑です。

 金正恩は若い指導者ですから、「若造」「未熟者」と言われ、劣等感を抱えているために恐怖政治を敷いているのだと考えられます。しかし自分がいつ殺されるか分からない恐怖政治では、「殺される前に殺してしまえ」という側近が出てきてもおかしくありません。

 仮に北朝鮮内部で金正恩が暗殺された場合、中国の影響力を考える必要があります。中国が北朝鮮の青年将校に暗殺をけしかける、あるいは直接関係していなくても青年将校が中国の保護を期待して暗殺に踏み切ることは十分ありえます。……


以下全文は本誌11月号をご覧ください。

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