シリア攻撃は米国を泥沼に引きずり込む
―― シリア情勢が緊迫している。現時点(9月6日)において、アメリカがシリアを攻撃するかどうかは予断を許さない状況にあるが、アメリカ国内ではシリア攻撃についてどのような見解があるか。
奥山 アメリカでは8月27日に、ウィリアム・クリストルなど、いわゆるネオコンを中心とする対外政策の専門家74名が、オバマ大統領にシリア攻撃を嘆願する手紙を書いたことが話題となった。ネオコンは一時力を失っていたが、元々知的レベルの高い人たちで、優れた著作も残している。彼らはここに来て、再び存在感を示しつつある。
この嘆願書では、「アメリカは、有志の同盟国やパートナーたちと一緒に離隔攻撃兵器(ミサイル等)やエアパワーを使って、化学兵器を大規模に使用したシリアの独裁者側の軍隊を攻撃すべきである」と述べられ、その目標は「アサドの化学兵器をアメリカや同盟国、それにシリアの人々にとって脅威ではない状態にすることだけでなく、アサド政権のエアパワーと、その他の通常兵器が民間の非戦闘員へ使われることを抑止し、もしくはそれらを破壊すること」と記されている。
これはオバマ大統領にとっても心強い援軍だ。オバマ大統領は当初、シリア攻撃に消極的だったが、自ら化学兵器の使用が「レッド・ライン」(最後の一線)だと表明してしまった以上、引っ込みのつかない状況にあった。
また、アメリカ国内では、国民皆保険をはじめとする財政問題をめぐって民主党と共和党が激しく対立しており、混乱状態にある。そこでオバマ大統領としては、シリア問題で共和党のネオコン勢力と手を組むことで、国内問題解決の梃子にしようという思惑もあるだろう。
とはいえ、このネオコンの主張にはかなり無理があると言わざるを得ない。彼らはシリア攻撃の根拠として、シリアが大量破壊兵器を所持していることを挙げている。これはイラク戦争においても同様だった。
しかし、それでは何故北朝鮮を攻撃しないのか。北朝鮮は今や自他共に認める核保有国だ。大量破壊兵器を所持していることが攻撃理由であるならば、真っ先に北朝鮮を攻撃すべきだろう。
ネオコンの論理を突き詰めると、大量破壊兵器を所持している国は攻撃せず、所持していない国は攻撃する、ということになる。彼らの主張は逆説的に、大量破壊兵器にはそれだけ抑止力があるということを証明してしまっているのだ。
また、ネオコンの主張する「目標」も曖昧だ。化学兵器の破壊を目標とするならば、化学兵器がどこに貯蔵されているかが重要となる。しかし、アメリカはそのようなインテリジェンスを持っているだろうか。
あるいは、彼らは「首切り戦略」を目指しているのかもしれない。この戦略は、たとえばナチスドイツであればヒトラーを殺せば戦争を終結させることができる、というように、トップのリーダーだけを狙うものだ。チェチェン紛争でもロシアはこの戦略をとった。
もっとも、専門家の間ではこの首切り戦略の効果について疑問視する声も多く、結局は地上部隊を投入しなければならなくなるだろう。しかし、シリアは中東ではイスラエル、エジプトに次ぐ軍事大国であり、そう簡単に倒すことはできない。
それゆえ、一旦戦争に突入すれば、イラク戦争の時と同じようにズルズルと戦闘が長引いていき、歯止めがきかなくなってしまうだろう。
―― ネオコンの論理では、イランが核武装すればアメリカは攻撃しないということになる。それではイスラエルが黙っていない。
奥山 イスラエルではアメリカに対する不信感が高まっている。現在、イスラエルとパレスチナはエルサレムで和平交渉を行っているが、交渉の仲介役としてアメリカから派遣されたインディク中東和平特使はこの交渉に参加できていない。イスラエル側が彼の出席を拒んでいるようだ。
このように、イスラエル右派はアメリカに見切りをつけ、独自の行動をとりつつあるのだ。
どちらが勝っても反米政権が誕生する
―― シリア攻撃に反対する意見としてはどのようなものがあるか。
奥山 リアリストと呼ばれる人たちはシリア攻撃に批判的だ。たとえば、国防総省のアドバイザーでもあるアメリカの戦略家、エドワード・ルトワックは、「体制側と反体制側のどちらが勝ってもアメリカにとって望ましくない結果が引き起こされる」と述べている。ルトワックの議論をまとめると次のようになる。
「アサド側が勝利すれば、イランのシーア派やヒズボラの権力と威光を認めることとなり、スンニ派のアラブ諸国やイスラエルにとっては直接的な脅威となる。他方、反体制側が勝利すれば、アルカイダを含む原理主義グループたちが強い力を持つことになる。彼らが反米的な政府を作ることはほぼ確実であり、そうなれば国境を接するイスラエルも平穏ではいられない。
つまり、イランの支援するアサド政権の復権は、中東におけるイランの権力と立場を高めることになるし、原理主義者が支配している反体制側の勝利は、アルカイダのテロの波を新たに発生させることになるのだ。
それゆえ、アメリカにとって望ましい結末は、勝負のつかない引き分けである。アメリカはこれを達成するために、アサド側が勝ちそうになれば反体制側に武器を渡し、反体制側が勝ちそうになれば武器の供給を止めればよい。
この戦略は、実はオバマ政権がこれまで採用してきた政策でもある。オバマ大統領の慎重な姿勢を非難する人々は、その対案を示すべきであろう。アメリカが全力で介入し、アサド政権と原理主義者たちをどちらも倒せとでも言うのか」。
この議論はまさに、兵器の供給を武器として使うオフショア・バランシング的なものと言えるだろう。……
以下全文は本誌10月号をご覧ください。