TPPによって損なわれる安全保障
── 櫻井よしこ氏に象徴される、TPPを推進する「保守派」の言論についてどう見ていますか。
三橋 2013年に行われた討論会で、櫻井さんとTPPについて議論したことがありますが、「明治の開国にならい、平成の開国をすべきだ」など、抽象論を繰り返すばかりでした。そこで私は、「すでに十分に関税を下げている日本が『国を開く』とは何を意味するのですか。アメリカのグローバル企業のために日本市場を差し上げるということですか」と反論しました。しかし、櫻井さんは我々が具体的に指摘しているTPPの問題点には目を向けようとせず、「アジアの成長を取り込むべきだ」、「日本の農業も世界に打って出られる」といった、使い古されたレトリックで、TPPのメリットを抽象的に語るだけなのです。
昨年末、政府はTPP発効によって、当初試算の約4倍にあたる14兆円の実質GDP押し上げ効果が見込めると発表しましたが、この試算は達成時期や期間を全く示していないのです。
櫻井さんが「保守派」を名乗るからには、もちろん国家の安全保障を重視しているはずです。にもかかわらず、TPPによって日本の安全保障が脅かされることに、彼女たちは気づいていないのでしょうか。それとも、気づいていないふりをしているのでしょうか。
安全保障は軍事だけではないのです。国民が飢えることがないよう、食料の安定的供給を確保する「食料安全保障」、電力の安定的供給を確保する「エネルギー安全保障」、高水準の医療への国民のアクセスを確保する「医療安全保障」、災害時の適切な救援を確保可能とする「防災安全保障」、非常時の物資の流通を確保する「物流安全保障」など、軍事以外にも重要な安全保障があります。
これらの安全保障は、足し算ではなく掛け算ですから、様々な安全保障分野のうち、どれか一つでも「ゼロ」になれば、日本国民の安全保障は崩壊することになるのです。
TPPは、多くの分野で日本の安全保障を弱体化させることになります。「食料安保」はすでに、崩壊の危機が近づいています。昨年、農地法、農業委員会法とともに農協法が改正され、全国農業協同組合連合会(JA全農)の株式会社化が可能になりました。
全農を欲しがってきたのが、穀物メジャーのカーギルです。カーギルにとって、全農は自らの利益最大化を阻むボトルネックなのです。全農と競争しようとするとコスト高になって利益が上がらないのです。今回の農協改革を経て、最終的にはカーギルが全農を買収することになるでしょう。そうなれば、日本の食料安保はおしまいです。
「エネルギー安保」も、揺らぎつつあります。4月には電力小売り全面自由化が始まり、2020年の発送電分離も決まりました。「医療安保」も自由診療の拡大によって揺らぎつつあります。一部の富裕層や保険に入っている人は、良い医療を受けられるが、そうでない人はそれが受けられず、死んでいく。そういう社会にしていいのかということです。櫻井さんたちは、そういうの種の具体的な議論から逃げているのですとしか思えません。
── 三橋さんが監修した、さかき漣さんの『顔のない独裁者』でも、あらゆる公共サービスが民営化された近未来の恐ろしい光景が描かれていましたが、まさにそれが着実に迫りつつある。
三橋 そういうことです。大災害などの非常時には、外資系企業に公共サービスを委ねることの弊害が露呈します。緊急の物資の運搬などが滞れば、直接人命にかかわってきます。
国土交通省の役人に、「物流、土木、建設などを外資系企業に握られていたら、災害時に機能しないのではないか」と指摘したら、「災害時にも機能するような契約にしておくので大丈夫です」と答えるのです。しかし、その契約が守られる保障などありません。
実際、東日本大震災、福島原発事故の後、外国人は日本から逃げ出しました。国家の安全保障に関わる重要な事業を、外国企業に委ねることが、いかに馬鹿げたことかがわかります。櫻井さんに代表される一部の保守派は、「TPPは中国包囲網だ」と言いつつ、TPPが日本の安全保障を破壊する危険性ついて、語ろうとはしません。……
以下全文は本誌2月号をご覧ください。