佐藤優 領土交渉を加速させた地政学的変動

日本の主権を疑うプーチン

 安倍政権は来年6月に行われるG20で北方領土問題を解決し、その成果を引っ提げて衆議院を解散し、ダブル選挙に踏み切るのではないかと言われています。しかし、そのためには返還される北方領土に米軍基地を作らないことが必須となります。この点について、プーチンは日本がこの問題についてどの程度主権を持っているのかわからないとして、安倍政権がアメリカにしっかりと物を言えるかどうか疑問を呈しています。

 ここでは、弊誌2019年1月号に掲載した、作家の佐藤優氏のインタビューを紹介します。全文は1月号をご覧ください。

プーチンの狙いはヤルタ協定を認めさせること

―― 歯舞・色丹が日本領となった場合、日米安保条約の適用対象となり、米軍基地が作られる可能性があります。ロシア側はそのことを警戒しています。

佐藤 それはすでに解決済みの話です。プーチンとしては、日本が歯舞・色丹に米軍基地を作るというなら、安倍首相と会談しても意味がありません。今回首脳会談が行われたということは、日本側が米軍基地を作らないことを確約し、プーチンもそれに納得したということです。

 これはアメリカの大統領がトランプだったからできたことです。オバマやヒラリーが大統領であればできなかったでしょう。トランプはディールの人ですから、原理原則にこだわりません。「歯舞・色丹に米軍基地を作らないことは約束しよう。それではディールだ。その見返りに日本は何をくれるのか」というのが、トランプの基本姿勢です。

―― ロシアは歯舞・色丹に米軍基地を作らないことを、法的拘束力のある条約や協定で保証するように求めていると報じられています。

佐藤 協定の形にするのは難しいでしょう。日本政府はおそらく、歯舞・色丹に米軍基地を作らないことを一方的に宣言すると思います。

 これは非核三原則と同じ方法です。非核三原則もまた、日本が一方的に宣言しているだけで、外国と協定を結んでいるわけではありません。

 プーチンはこのやり方で納得すると思います。彼は国家間の同盟関係がどういうものかわかっているので、そこまで理不尽な要求はしません。

―― アメリカでトランプ政権が退陣した場合、次の政権が日本の一方的宣言を無視し、歯舞・色丹に米軍基地を作る可能性はありませんか。

佐藤 その場合も自動的に基地が作られるわけではなく、日米合同委員会の決定が必要になります。それだから、日本が国家意思をもって拒否すればいいのです。

 たとえば、日本政府は予見される将来、アメリカのオスプレイが皇居や京都御所の上を飛ぶことを許すことはないでしょう。歯舞・色丹についても同じ対応をすればいいのです。

―― 日ソ共同宣言には、「歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡す」と書かれていますが、主権に関する言及はありません。プーチンはこの点を強調しています。

佐藤 それはヤルタ協定とあわせて考える必要があります。日本はヤルタ協定の効力を認めていませんが、ヤルタ協定には千島列島はソ連に引き渡されると書かれています。しかし、ここに主権に関する言及はありません。

 それだから、もし日ソ共同宣言が主権の引き渡しまで約束したものでないというなら、ヤルタ協定も主権の引き渡しを約束したものではないということになります。ヤルタ協定の解釈にまで踏み込めば、ロシアの議論は整合性を失うのです。

 実はプーチンの狙いもここにあります。プーチンの議論を押し返すには、ヤルタ協定をベースとしなければなりません。ということは、日本はこれまでの立場を変更し、ヤルタ協定を認めなければならないということです。そうなると、日本は千島列島が国際約束によって合法的にソ連に引き渡されたことを承認することになります。要するに、プーチンはロシアが北方領土を不法占拠しているという日本の主張を降ろさせたいのです。

―― ロシアが領土を他国に譲るはずがないという意見もあります。

佐藤 そんなことはありません。ソ連時代にはクリミアをウクライナに割譲していますし、ソ連崩壊時にはウクライナとの国境画定にあたり、ロシアは譲歩しています。また、中ソ国境協定の際にも、かつて戦闘が起きたダマンスキー島(珍宝島)を中国に譲っています。ロシアは譲るときは譲ります。

―― 色丹島では3千人のロシア人が生活しています。そのため、日本に返還されたとしても、クリミアのように独立される恐れがあります。

佐藤 クリミアがウクライナから独立したのは、ウクライナがクリミア政策に失敗したからです。日本がしっかりと歯舞・色丹を統治すれば、日本から独立することはありません。

 そのためには、歯舞・色丹に日本人が移住することも重要になります。日本人が誰一人住もうとしないなら、独立されたとしても文句は言えません。歯舞・色丹を大切に思うのであれば、率先して移住すべきです。

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