領土交渉の歴史を知らない外交当事者たち
北方領土交渉の先行きが不透明になってきています。それは、11月19日にペルーで行われた日ロ首脳会談後、安倍首相が険しい顔をしていたことからもわかります。安倍首相はプーチン大統領との会談で、領土交渉が厳しい状況に置かれていることを実感したのでしょう。
しかし、さらに問題なのは、この会談を通して、日本の外交当事者たちが北方領土交渉の全体像をつかめていないことまで明らかになったことです。安倍総理は以前から、平和条約を締結するためには「新しいアプローチ」が重要だということを強調してきました。しかし、プーチン大統領は11月20日に行われた記者会見で、記者から「あなたはどのようなアプローチが新しいと考えますか。あなたにとって古いアプローチとは何ですか」と問われ、「何が古いアプローチで何が新しいのか、私はわからない」と答えています(鈴木貴子衆議院議員のブログより)。
実際、日本側のアプローチは以前と大きく変わっているわけではありません。もし日本の外交当事者たちが本当にアプローチが変化したと思っているのであれば、それは領土交渉の歴史を理解できていないということです。このような状態にもかかわらず外交交渉が進んだのは、単に安倍政権がロシア側に譲歩したからであって、安倍外交に実力があるからではありません。それは、安倍政権がウリュカエフ逮捕という事態に全く対応できていないことからも明らかです。
ここでは、弊誌12月号に掲載した、元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏のインタビューを紹介したいと思います。(YN)
安倍政権はロシアに大幅に譲歩した
―― 12月15日に山口県で行なわれる日露首脳会談は、今後の領土交渉にどのような影響を与えると思いますか。
佐藤 まず結論から言いますと、今回の首脳会談によって北方領土問題は前進すると思います。それは、安倍政権が北方領土政策を大転換し、ロシア側に大幅に譲歩しようとしているからです。この大転換の意味を理解するためには、領土交渉の歴史を振り返る必要があります。
冷戦時代、日本政府はソ連に「四島即時一括返還」を要求していました。これはソ連が領土問題の存在すら認めていなかったからです。しかし、1991年8月にクーデター未遂事件が起こり、ソ連は自壊プロセスに入ります。そして、権力はソ連からロシアに移行し始めた。その過程でエリツィン大統領を中心とするロシア指導部は、領土問題の存在を認め、戦勝国と敗戦国の区別にとらわれず、法と正義の原則で領土問題を解決したいと主張するようになりました。
外交の世界では、相手が強く出ればこちらも強く出る、相手が譲歩すればこちらも譲歩するというのが定石です。そのため、日本政府も領土問題の基本方針を1991年10月に「北方四島に対する日本の主権が認められるならば、実際の返還の時期、態様、条件については柔軟に対処する」というものに改めました。この方針に基づけば、四島における日本の主権が確認されれば、まず歯舞・色丹を取り戻し、それから国後・択捉を取り戻すという形でも問題ないということになります。
その後、日本政府は一貫してこの基本方針を維持してきました。ところが、安倍政権は「新しいアプローチによって北方領土問題を解決する」として、この基本方針を事実上、変更しました。安倍首相は10月3日の衆議院予算委員会で「四島の帰属問題を解決して平和条約を締結する。一言一句つけ加える考え方はない」と答弁しています。これは1993年10月に細川護熙首相とエリツィン大統領の間で署名された「東京宣言」の内容です。
安倍首相の言う「四島の帰属問題を解決する」とは、四島における日本の主権を確認するということではありません。四島の帰属問題の解決には、日本4ロシア0、日本3ロシア1、日本2ロシア2、日本1ロシア3、日本0ロシア4という5通りの可能性があります。極端な話、日本が1島も取り返すことができなかったとしても、四島の帰属問題を解決したことになるのです。
東京宣言はあくまでも日露両政府による合意事項であり、日本政府の基本方針ではありません。安倍政権は明らかにすり替えを行っています。彼らは今回の交渉によって、四島に対する日本の主権の確認を求めていないのです。ところが、安倍政権は国民に領土交渉について説明する際には、「四島の帰属問題を解決して平和条約を締結する」と述べることで、「四島」を強調し、あたかも四島要求を降ろしていないかのような印象操作を行っています。これは民主主義国の外交ではあってはならないことです。この点を追及しないマスコミにも問題があります。
―― 外務省はこれまでも東京宣言を強調していました。安倍首相は「新しいアプローチ」と言っていますが、アプローチ自体は変わっていないということですか。
佐藤 外務省が東京宣言にこだわったのは自己保身のためです。彼らは四島返還を諦めていないかのように見せかけるために、東京宣言を印象操作のために利用していただけです。これに対して、安倍首相も当初は、東京宣言を印象操作のために使っていましたが、最近になって安倍首相はむしろ、日本が四島の主権確認を求めていないということをロシア側に示すために東京宣言を持ちだしています。つまり、東京宣言のどの側面に力点を置くかが変化しているということです。ただし、この変化はおそらく無意識的なものなので、当事者たちに自覚はないと思います。……
以下全文は本誌12月号をご覧ください。
なお、ウェブサービスnoteにご登録いただくと、この記事を100円で全文読むことができます。noteの登録は無料です。是非お試しください。▼