佐藤優 トランプの正体(上)

TPP離脱に惑わされるな

 1月20日、トランプ新政権はTPPからの離脱を正式に表明しました。しかし、それゆえにトランプ政権が新自由主義から決別すると考えるのは早計です。トランプは金融規制の緩和などウォール街を利する政策を進めており、これまでと変わらず新自由主義的な政権になるはずです。

 トランプ政権を読み解くためには、トランプの過激な発言や人事だけでなく、権力構造にも注目する必要があります。ここでは、弊誌2月号に掲載した、元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏のインタビューを紹介したいと思います。全文は本誌2月号をご覧ください。

トランプは金融資本を味方につけた

── トランプ政権がどのような経済政策を行うかについても予測が困難です。トランプはフォードのメキシコ新工場建設計画を批判し、撤回させるなど、強引な手法をとっています。

佐藤 トランプは経済に関しても表の世界と裏の世界を仕分けると思います。トランプは表向きは「アメリカファースト」として製造業重視の姿勢を見せていますが、実際には新自由主義的な政策を行うはずです。

 現に、トランプは大統領選中にウォールストリートを批判していましたが、その一方で金融規制の緩和を進めると言っています。アメリカはリーマンショック以降、金融資本に対する規制をかなり強化しました。しかし、客観的に見れば、アメリカの富を増進させるには、金融規制を緩和するしかありません。いまアメリカ発の好況が生じているのも、規制緩和への期待感からです。その意味で、トランプは完全に金融資本を味方につけたと言えます。

 しかし、トランプが金融規制を緩和すれば、製造業は弱くなり、格差はさらに拡大します。それはアメリカ国民には受け入れられないことです。その事実をごまかすために、トランプはフォードやトヨタなどに圧力をかけているのです。フォードがアメリカ国内で工場を作っても、それによって確保される雇用はわずか700人ほどです。しかし、その成果を大げさに宣伝することで、あたかも労働者のための政策を行っているかのように見せかけ、国民を欺瞞しているのです。

 これはフォードにとってもトータルとしては不利益になりません。金融規制が緩和されれば、フォードも株式や債券を運用しているため、金融面で儲けることができます。トランプはフォードにメキシコの新工場について譲歩させましたが、裏ではこのような形で見返りを用意しているのです。

 もちろんトヨタも一緒です。もしトヨタがトランプの言うことを聞かなければ、ピンポイントでターゲットにされると思います。しかし、言うことを聞けば、トヨタも株式や債券の運用をやっているわけですから、見返りを得ることができます。

 そういう意味では、トランプの手法は、マルクスが『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』の中で指摘している「ボナパルティズム」です。フランスの第二共和制では、政治的実績のない自称ナポレオンの甥という男が、社会的に弱い立場にいる分割地農民から圧倒的な支持を得て大統領に当選し、ついには皇帝ナポレオン三世を名乗るまでになりました。

 しかし、彼は決して分割地農民たちの利益を代表していたわけではありません。それにもかかわらず多くの支持を得ることができたのは、分割地農民の代表であるかのような表象を作り出すことに成功したからです。これがボナパルティズムの核心です。

 トランプは今後もボナパルティズム的な手法を駆使して国内を統治していくはずです。資本家は権力にアクセスする手段をたくさん持っているため、資本家の利益と完全に反するような政治を行うことはできません。しかし、国民の支持を得るには、部分的に資本家の利益に反することもしなければなりません。

 そのため、今回はこの資本家をいじめる、次回はこの資本家をいじめるといったように、その時々にしかるべき資本家をターゲットにしていくでしょう。これはロシアの政治とよく似ています。

中国は米国債を売り浴びせるか

── 最も不透明なのが米中関係です。トランプは大統領選挙の最中、マンハッタンのトランプタワーには中国の銀行が入居していると述べ、中国と良好な経済関係を築くかのような姿勢を見せていました。しかし、現在では中国の為替操作を批判し、台湾に急接近するなど、強硬姿勢を強めています。

佐藤 これは私も自分の見立てが間違っていたことを認めなければなりませんが、まさか米中がこのような不安定な関係になるとは思ってもいませんでした。

 国際社会では当初、既存のシステムが継続してほしいと思っている国々はトランプから距離をとり、既存のシステムが変化してほしいと思っている国々はトランプを支持していました。前者は日本やEU、オーストラリア、ニュージーランドなど、後者はロシアや中国、北朝鮮、イランなどです。中国はある時点までは間違いなくトランプを歓迎していました。

 ところが、トランプが台湾の蔡英文総統に電話をかけたことで、事態は一変しました。中国がトランプを非難したため、トランプも売り言葉に買い言葉で中国を強く批判するようになりました。その結果、トランプは「一つの中国」原則の見直しを示唆するという、これまでのゲームのルールでは考えられないようなところにまで踏み込むようになったのです。

 トランプがピーター・ナヴァロを重用しているのもそのためです。最近翻訳されたナヴァロの著書『米中もし戦わば』(文藝春秋)を読めばわかるように、彼は対中強硬派です。トランプはホワイトハウス内に新設した国家通商会議のトップにナヴァロを据えましたが、これはUSTR(米通商代表部)の役割がなくなるのではないかと言われるほど強大な権力を持っています。これも売り言葉に買い言葉から始まったことだと思います。

 政治関係が悪化すれば、当然経済関係にも影響を与えます。今後はエコノミストの常識では考えられないようなことが起こる恐れがあります。例えば、中国が報復として米国債を売り浴びせることです。これは中国経済にとっても諸刃の剣ですが、アメリカ経済に大きなダメージを与えることができます。……