日本で排外主義が高揚する理由
── 日本ではヘイトスピーチのデモが頻繁に行われるなど、ナショナリズムの台頭が顕著になっています。萱野さんは『成長なき時代のナショナリズム』(角川新書)で、ナショナリズムが高まる原因について論じられています。
萱野 ナショナリズムが高揚している背景には、パイの縮小に対する危機感があると私は分析しています。経済のパイが縮小するということは、分配するパイも縮小するということです。これは財政問題について考えればわかりやすいと思います。最近はアベノミクスによって株価が上がったため、税収は若干増えています。しかし、長いトレンドで見れば、税収は伸び悩む一方で、歳出はどんどん増えています。税収が伸びない中でやりくりするわけですから、分配するパイも縮小せざるを得ません。
そのため、日本では「枯渇しつつあるパイをどうやって分配すべきか」という問題意識が強くなっています。在日外国人の生活保護受給が批判される理由もここにあります。生活保護バッシングをしている人たちは、「日本人ですら生活保護をもらえない人がいるのに、なぜ外国人に生活保護を与えるのか」という不満を持っているのです。
また、最近の例を上げれば、舛添要一東京都知事が都内の商業高校跡地に韓国人学校を作ると発表したことに対して、物凄い批判がなされています。ここにも「少子化対策のために保育所や子育て支援施設を作るべきではないか。なぜ外国人のための政策を優先するのか」という不満が見られます。
これらの根底にあるのは「日本政府の税収は日本人のために使うべきだ」という感覚です。さらに言えば、「日本政府は日本人が選挙して代表者を選んでいるのだから、日本人のために存在している」という意識です。こうした意識が排外主義的なナショナリズムを生み出しているのです。
これは日本だけでなくヨーロッパにも言えることです。ヨーロッパでは移民排斥を唱える極右政党が勢力を伸ばしていますが、その支持者たちは皆、「社会保障の財源が枯渇して我々の生活も厳しくなっているのに、なぜ移民のためにお金を使うのか」と述べています。彼らもまた「大事な財源は自分たちのために使うべきだ」という意識を持っているのです。
その意味で、ナショナリズムの担い手たちは、政治参加の権限や分配を受ける権限の見直しを求めていると言えます。これは民主主義の再定義と言い換えてもいいでしょう。もともと民主主義は分配を求める運動として広がりました。例えば、選挙権を獲得するということは、政治的な発言をする機会の分配を受けることを意味します。また、自分たちが投票した人間が当選すれば、その政治家を通じて経済のパイも分配されます。今問われているのは「広がり過ぎた民主主義への参加者を限定すべきではないか」ということなのです。
── リベラル派の多くは、「排外主義的なナショナリズムは貧困層のルサンチマンから生じている」と指摘しています。
萱野 それは問題を矮小化しているに過ぎません。問題を正面から受け止めることを避けるために、知識人たちがよくやる戦略です。
既に多くの人たちが述べているように、排外主義の担い手たちは必ずしも貧困層ではありません。彼らの多くは、所得水準も中の上くらいで、教育水準も決して低くありません。妬みややっかみから外国人批判が行われていると見ると、問題の本質を掴むことはできません。「誰が分配を受けるべきか」という問題提起が行われているという点にこそ目を向けるべきです。
「日本版トランプ」が出現する可能性
── アメリカも日本と同じような状況に置かれていると思います。
萱野 アメリカでも経済的なパイが縮小しているため、「我々のパイは我々のために使いたい」、「もう他国のために犠牲になりたくない」という意識が高まっています。これは要するに、アメリカが「普遍性からの撤退」を始めているということです。
これまでアメリカは「世界の警察」として、金融や航海、交易などの自由を維持する役割を担ってきました。もちろんこれはアメリカの利益になるから行っていたことですが、そこに自由や民主主義を守るという普遍主義があったことは否定できません。それは、アメリカがポリティカル・コレクトネス(人種や宗教、性別などの差別を含まない表現や言葉を使用すること)を重視していたことからもわかります。ポリティカル・コレクトネスは国境を越えて適用されるものなので、普遍性を志向していると言えます。
普遍性を重視するということは、弱者やマイノリティを助けるということですから、時に自分を犠牲することが必要となります。そのため、ここには綺麗事や痩せ我慢という側面があります。しかし、今のアメリカには綺麗事を語る余裕はありません。それ故、「綺麗事をやめて本音で語ろう」、「自分たちの利益のことを正面から語ろう」という本音主義が強くなっているのです。トランプ氏の一連の発言が支持を集めているのはそのためです。……
以下全文は本誌5月号をご覧ください。