最高裁の判断は沖縄差別そのものだ

沖縄県の敗訴確定へ

 辺野古新基地建設を巡る違法確認訴訟をめぐり、沖縄県の敗訴が事実上確定しました。これにより、国が新基地建設工事を再開する法的根拠が復活することになります。しかし、翁長知事は敗訴した場合でもあらゆる手法で新基地建設を阻止するとしているため、直ちに工事を再開できるとは思えません(12月12日付琉球新報)。

 沖縄県民の多くは最高裁の判断に不満を持っていると思います。このような判断を行った日本の裁判所や安倍政権、それを支持する日本国民に強い憤りを感じているでしょう。それに対して、日本国民の多くは率直に言って今回の最高裁の判断にそれほど関心を持っていないと思います。今年4月に起こった米軍属による女性強姦殺人事件でさえ、既に風化してしまっているように感じます。

 日本国民の中には今でも拭いがたい沖縄蔑視があります。それは今回の最高裁の判断に端的に表れています。しかし、このような差別感情を持つことは、日本の国力を弱体化させることにしかなりません。いかにして沖縄差別を克服するか、真剣に考える必要があります。

 ここでは、弊誌7月号に掲載した、作家の佐藤優氏と哲学者の山崎行太郎氏の対談を紹介したいと思います。

日本人は沖縄を犠牲にしてもいいと思っている

山崎 沖縄でこういう事件や事故が起こる度に、「沖縄の問題は日本国民全体で考えるべきだ」と言われますよね。だけど、僕は率直に言って、もうそれは不可能だと思います。

佐藤 私もそう思います。日本国民全体で考えてもロクな結果になりません。多数者が差別感情を持っている場合は、民主主義的に問題を解決しようとしても、差別感情を拡大することにしかなりませんから。

山崎 日本人の多くは、「日本を守るためには沖縄を犠牲にしてもいい」という思いがどこかにありますからね。

佐藤 無意識のうちにありますね。だけど、植民地を持つ帝国とはそういうものですよ。沖縄は日本にとって「植民地」なんです。だから、これは国民全体の問題ではなく統治エリートの問題です。日本の統治エリートが植民地支配をどうやって上手にやるかということが問われているんです。

 例えば被差別部落問題について考えると、国内に差別があると社会が弱くなり、その結果、国力も弱くなりますよね。だから統治エリートは同和対策をするわけです。

 沖縄も一緒です。沖縄が分離・独立すれば、日本は弱くなります。それを避けるためには、沖縄がそのような方向に進まないように、もっと上手く植民地統治しなければならないんですよ。だから、翁長知事をオバマ大統領に会わせたりして、少なくとも沖縄と一緒になってアメリカに向き合うくらいのことはやるべきなんですよ。

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