二〇三〇年代が近づくにつれて、日本は「アメリカが中国から守ってくれる」という想定の上に大戦略を立てることはできなくなる。日本は「アメリカが去った後の東アジア」という状況に対応できるよう準備を進めなければならないし、このためには自分たちの力で立ち上がり、国防の責任を背負うことが必要になってくる。
本書前書きで、著者のクリストファー・レイン氏はこう警告する。彼はいかなる根拠に基づいて、このように言い切るのだろうか。それを理解するキーワードが、「オフショア・バランシング(offshore balancing)」である。
レイン氏によれば、これまでアメリカの歴代政権が採用してきた大戦略は、「優越」(primacy:もしくは〝覇権〟hegemony)か「選択的関与」(selective engagement)であった。彼は、これらの大戦略に代えて「オフショア・バランシング」の採用を提唱する。
リアリストの系譜に位置するレイン氏は、「覇権」という大戦略のリスクとコストが増大していると考えている。彼は、自分の地域の外にまで覇権を維持しようとするアメリカは、このままでは過去の帝国と同じように手を広げ過ぎて国力が続かなくなり没落すると懸念するのだ。
これが、彼が「オフショア・バランシング」を提唱する理由だ。
「オフショア・バランシング」には、(1)将来ユーラシア大陸で起こるかもしれない大国間戦争からアメリカを隔離しておくこと、(2)アメリカが「信頼性を守るための戦争」を戦ったり、従属する国家のために不必要な戦争を行わなければならなくなるのを避けること、(3)アメリカ本土のテロリズムに対する脆弱性を減らすこと、(4)国際システムにおけるアメリカの相対的なパワー・ポジションと、戦略的な行動の自由を最大化すること──という四つの狙いがある。
この戦略では、ユーラシアの主要国に自ら国防の責任を負わせることになる。相手に責任を譲渡する戦略であるだけでなく、その責任を避けることを狙った戦略であり、ヨーロッパについては、アメリカがNATOから脱退し、ヨーロッパから軍事力を撤退させることを主張する。そして、アジアについてレイン氏は次のように書いている。
「中国に対して過剰に敵対的な政策の実行を避けることになる。アジア最大で潜在的には最も強力な国家である中国が、地域で政治、軍事、経済面で今までよりも積極的な役割を求め、しかも東アジアにおける現在のアメリカの圧倒的な状態に挑戦しつつあるのはきわめて自然なことであると言えよう」(401頁)
このような政策をアメリカが採用すれば、日本は重大な危機に直面する。これこそが、オフショア・バランシングの狙いなのである。つまり、アジア各国が中国の脅威に対して、自らバランシングを行う責任が生じてくるというわけだ。レイン氏は、次のように言い切る。
「アメリカは日米安保条約を破棄し、独立した大国として日本が必要とする、いかなる軍事力の獲得──これには安全な報復核抑止力や、日本が海上輸送ルートや東・南シナ海の領土主権を守るために必要となる機動投射能力も含まれる──をも手助けすべきなのだ」
こうした戦略が実際に採用されることはないと決めつけてはならない。すでに、オフショア・バランシングの考え方は、政策に生かされつつある。二〇一一年二月二十五日にはゲイツ国防長官がウェストポイントの米陸軍士官学校で行ったスピーチで、オフショア・バランシングを「アメリカの次の大戦略である」として提唱している。
また訳者の奥山真司氏が「解説」で指摘する通り、パトリック・キャレット元海兵隊大佐が提案した「キャレット計画」は、ユーラシア大陸から離れて本平洋のオセアニア周辺海域から中国を牽制する、まさに「オフショア」的な発想である。
「オフショア・バランシング」は、大統領選挙の共和党候補の座を狙うロン・ポール議員の外交戦略にも共通する部分がある。
本書は、アメリカの大戦略の転換を見据え、わが国の国防の在り方を再検討する上で、必読の一書である。