【書評】 TPPすぐそこに迫る亡国の罠

 参院選が目前に迫っているが、大手メディアは株価の乱高下を取り上げるばかりで、TPPについてあまり報じようとしない。TPPの問題点として、ISD条項やラチェット条項などが指摘されるようになっているが、未だ論じられていない点も多い。
 TPPを分析する上で参考になるのが米韓FTAである。実際、アメリカの政府関係者は「TPPで議論していることは全て米韓FTAに盛り込まれている」と述べてきた。本書は米韓FTAの内容を紹介しながら、TPPにも盛り込まれるであろう危険な「トラップ」について詳しく解説している。ここではその中から、これまでメディアであまり取り上げられてこなかったものを紹介したい。
 第一に、「非違反提訴条項」である。これはその名の通り、違反していないが訴えることができるという条項であり、具体的に言うと、「当事国が何ら違反する行為はしていなくても、そこで外国の企業が当初考えていたような利益を上げることができなかったら、当事国を訴えることができる制度」である(本書101頁)。
 企業は事業を行う際、事前に利益を予測して経営戦略を立てる。しかし、実際の経済活動には様々な要因が絡むため、必ずしも想定していた利益を上げることができるわけではない。その結果、事業に失敗したとしても、それは企業自身の責任である。
 ところがこの「非違反提訴条項」を使えば、当事国の制度や規制、法律が邪魔していたため想定していた利益を得られなかったとして、その国を訴えることができるのだ。
 第二に、「サービス業非設立権の認定条項」である。ここには「サービス業については、投資先に事業場等を設立しなくても営業することができる」と記されている(105頁)。つまり、アメリカ企業は韓国国内に事業所を設立しなくても、企業活動ができるということだ。
 そのため、仮にこの企業が法律に違反した場合でも、そもそも韓国国内に事業所がないため、韓国政府はこの企業の営業を停止させることができない。また、同様に税金を徴収することもできない。企業としては勝手気ままに利益追及が行えるということだ。
 第三に、「スナップバック条項」である。これは「手の平を返す」という意味だ。この条項は、たとえば、韓国が自動車分野で協定に違反した場合、あるいは「アメリカ製自動車の販売・流通に深刻な影響を及ぼす」とアメリカの企業が判断した場合、韓国製自動車の輸入関税撤廃を無効にする(手の平を返す)ことができるというものである(108頁)。
 この条項自体、「ラチェット条項」に違反するものだと考えられるが、最大の問題は、これがアメリカだけに認められているという点にある。
 第四に、「間接接収」である。これは政府などによる直接的な接収ではなくとも、実質的に接収・没収されたのと同様の被害を受けることを指す(111頁)。
 たとえば、アメリカの不動産会社が京都の土地を買収し、お寺や歴史的建造物の隣に高層マンションを建てたとする。しかし、京都では条例によって建物の高さやデザインなどが制限されている。そこで、この条例に基づいて高層マンションの取り壊しが要求された場合、アメリカの不動産会社は、高層マンションや土地が事実上没収されたものとみなし、「間接接収」違反として京都市を訴えることができるのだ(116頁)。
 第五に、「貿易に対する技術障壁」である。これは、貿易を行う際、その進出先となる国の制度や法律などによって、外国の企業が自由に市場に入ることができない時や、自由な経済活動が損なわれたとみなされた時、その企業が進出先の国を訴えることができるというものだ(229頁)。
 これにより、たとえば遺伝子組み換え表示義務は、表示義務のないアメリカ商品に対する差別的扱いであるとして、撤廃されることになるだろう。
 TPPは安全保障と結びつけて論じられることも多い。TPPに参加することで日米同盟を強化し、台頭する中国に対抗すべきというわけだ。
 しかし、安全保障を言うのであれば、TPPと離島の関係に目を向けるべきである。TPPによって離島の基幹産業である農業や漁業が壊滅すれば、離島から人口が流出するだろう。無人島の安全保障に膨大な労力がかかることは、尖閣問題からも明らかだ。TPPは第二の尖閣諸島を生む危険性を秘めているのである。

(編集委員 中村友哉)