【書評】『日本を壊す政商』

『日本を壊す政商』
森功著
文藝春秋
一六二〇円

 政治権力によって新たな市場を作り出し、そこで利益を貪る者たちを「レント・シーカー」という。レント・シーカーのやり口とはいかなるものなのか。人材派遣会社パソナグループ代表の南部靖之氏という「政商」に肉薄した本書を一読すれば、その姿は自ずと浮かび上がってくる。
 パソナグループ会長を務めているのが、いま産業競争力会議などで規制改革を推し進める竹中平蔵氏である。すでに竹中氏については、ジャーナリストの佐々木実氏が、『市場と権力』でその実像に迫っている。
 いったい、竹中氏と南部氏はどのようにして結びついていったのだろうか。二人の接点にあった人物として本書が挙げるのが、大蔵官僚の長富祐一郎だ。1982年、竹中氏は大蔵省大臣官房調査企画課に置かれていた財政金融研究室主任研究官となり、同課長の長富に見出された。一方、南部氏は、政官界に広範な人脈を持つ長富が91年に退官すると、パソナの顧問に迎え入れた。
 製造業への派遣解禁など、大幅な労働者派遣事業の規制緩和が進んだのは、竹中氏が規制改革の旗を振った小泉政権時代だ。これによって、利益を得たのがパソナなどの人材派遣会社だ。竹中氏やそれに連なる新自由主義者たちは「功労者」にほかならない。2006年9月に小泉政権が終わると、竹中氏は参議院議員を辞職、翌7年にパソナの特別顧問に就任している。その直後、第一次安倍政権は、国家公務員法を改正し、民間の人材派遣業者と総務省が共同で課長級以上の国家公務員の再就職斡旋を試験的に行うことを決めた。07年3月に、パソナがこの「試行人材バンク」の実施事業者に選定されているのである。
 自民党が下野した09年8月、竹中氏はパソナグループ会長の椅子に座った。民主党政権の誕生で、規制改革が一旦頓挫した時期は、竹中氏や南部氏にとって新たな巻き返しのための準備期間だったに違いない。
 昨年、ASKAの覚醒剤事件をきっかけにパソナの接待施設「仁風林」が世間の注目を浴びるようになったが、本書には仁風林の常連参加者の次のような証言が引かれている。
 「安倍首相は、南部代表とは小泉政権の官房長官時代からの付き合いだそうです。自民党のなかでは、最も近い人物の一人でしょうね。中川秀直、武部勤親子、福田康夫、石原伸晃、岸信夫なども、野党時代は仁風林でしょっちゅう顔を見かけました。二〇一二年十二月の第二次政権発足後は、さすがに安倍さん本人は仁風林の参加を控えているようです。それでも、西村康稔や中山泰秀、伊藤信太郎といったところは常連でした」(194頁)。
 さらに本書は、仁風林参加メンバーとして、菅義偉官房長官や下村博文文科大臣の名前を挙げ、南部氏と宮内義彦氏、堺屋太一氏、橋下徹氏の関係についても踏み込んでいる。
 第二次安倍政権は、南部氏の期待通り、規制改革を強行、パソナのビジネスチャンスが急速に拡大した。驚くことに、安倍政権は政策会議「若者・女性活躍推進フォーラム」を設置し、13年2月に開催された初会合に南部氏本人を有識者として招いているのだ。こうして、南部氏の意見は安倍政権の労働分野の規制改革に取り入れられていった。
 まず、竹中氏が増額を強く主張していた「労働移動支援助成金」は14年度に前年度の150倍に増えた。13年8月には公務員の再就職支援業務が民間に開放され、パソナが独占受注した。人材派遣業界が要望してきたハローワークの民間開放も強行された。パソナや南部氏の関係企業が防衛省の福利厚生業務や自衛官のカウンセリング業務などに食いこんでいるが、防衛大臣の小野寺五典氏が仁風林参加メンバーだったことが気になる。
 何より大きいのは、「生涯派遣」に道を開く労働者派遣法の改正がついに実現されたことだ。
 問題は、一連の規制改革が雇用の不安定化や格差の拡大をもたらしているという現実である。まさに、日本を壊しているだ。だからこそ、労働分野には一定の規制があったのではないか。
 日本を壊す政商をこれ以上のさばらせてはいけない。マスコミが沈黙してきたこの政商に、本書が果敢に迫った意味は非常に大きい。(編集長 坪内隆彦)