中谷巌 アベノミクスはさらに格差を拡大させる

マイナス金利は市場を混乱させただけだ

―― 安倍総理は消費増税の再延期を決めました。これに対して「アベノミクスは失敗した」という批判が高まっています。

中谷 確かにアベノミクスは「デフレ脱却」を目指しながら、それを実現できませんでした。大幅な原油安や世界経済の低迷などの外部要因もありましたが、トータルで見て当初の目的は達成できなかったという意味では、アベノミクスは失敗したと言えるかもしれません。しかし根本的な原因は、安倍総理の政策が悪かったというよりも、世界の資本主義そのものが成長の限界に達しつつあることに求めるべきだと思います。

 端的に言って、マイナス金利が常態化している現在の資本主義体制はまさに崖っぷちに立っているということです。マイナス金利とは、資本に対するリターンがマイナスということですから、これではマクロ的に見て新たな設備投資など、起こりようがない。産業革命以来、200年を経て資本主義は必然的に「投資先がない」という限界に行き着いたということになります。

 産業革命当初、資本主義は希望に満ちていた。開拓すべきフロンティアが無限にあったからです。その後、2度の世界大戦や大恐慌を経てケインズ財政政策がもてはやされる時代が続きましたが、しかしそれもやがて財政難や債務超過の壁にぶつかりました。日本のみならず、世界中を見渡しても、多くの国では国家債務が極度に膨張して、これ以上財政的な大盤ふるまいは不可能な状況です。この資本主義の閉塞状況を打破するため、アメリカは1980年代半ばころから意図的に「金融立国」を目指すようになります。しかし、その結果、何が起こったか。リーマンショックです。

 リーマンショック後、資本主義世界の崩壊を防ぐために、先進各国の中央銀行は歴史上例を見ない「異次元」の金融緩和を行いました。これまで中央銀行の役割はもっぱら「通貨価値の安定」でしたが、リーマンショック後は、危機回避のための経済政策の主役に躍り出たのです。これは歴史的に見ても極めて異例のことです。

 実際、2008年のリーマンショック後、FRBは3度にわたる量的緩和(QE)を行い、ECBは経営危機に陥った銀行救済のため大量の資金を供給しました。出遅れていた日銀も、黒田総裁の下で「異次元の金融緩和」に踏み切りました。「異次元の金融緩和」には批判もありますが、おそらくそれ以外に選択肢はなかったというべきでしょう。FRBとECBが異常ともいうべき金融緩和を進めた結果、円高が急速に進行し、このままでは日本の輸出産業は壊滅するとみられたからです。それゆえ日銀の金融緩和は「自衛措置」としてやらざるを得なかったのです。その意味で「異次元の金融緩和」はアベノミクスが作り出したというより、世界の経済情勢が日銀に「強要した」ものだと言えるでしょう。

 しかし金融緩和にも限界があります。たとえば日銀は国債を買い上げて市場にマネーを流しています。現在、日銀は年間80兆円分の国債を買い取っていますが、新規国債の発行額は40兆円なので、もう半分の40兆円は市場から既発債を買い上げることになります。日銀が毎年40兆円の既発債を買い続ければ、市場に出回っている国債はどんどん日銀に吸収され、減っていきます。実際、このままのペースだと1年半後には日銀は市場から国債を買えなくなると言われています。そうなれば「異次元の金融緩和」はストップせざるを得なくなります。

 日銀はそれを見越して、あるいは、国債買い入れの効果が思っていたような形で現れないため、マイナス金利を導入しました。しかしこれも今のところ目に見える効果がないどころか、市場の反応は否定的な傾向が強いようです。その根本的な原因は、マイナス金利政策が金融市場を混乱に陥れているからだと思います。資本主義の中核にある金融機関の役割は、貯蓄を投資に橋渡しする金融仲裁機能ですが、マイナス金利でこの機能がうまく作動しなくなった可能性があります。他方、マイナス金利は消費者にも大きな不安を与えている可能性がある。歴史的に初めての経験に消費者は「何があるか分からなくて怖いから、とりあえず貯金しておこう」という形で消費を手控える動きも出始めているように思います。……

以下全文は本誌7月号をご覧ください。

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