【書評】『帝国以後』

『帝国以後』

 シャルリー・エブド社襲撃事件は、ヨーロッパでは表現の自由に対する挑戦として受け止められた。パリでは370万人もの人々がデモに参加し、『シャルリー・エブド』最新号は700万部も発行された。ドイツの『シュピーゲル』は、編集部が「JE SUIS CHARLIE(私はシャルリー)」と書かれたプレートを持って集合写真を撮り、それを掲載した。
 しかし、こうした言動はヨーロッパ内でしか通用しない。ヨーロッパ以外では、テロに反対するからといってシャルリー・エブドの風刺画を肯定するという人は少ないだろう。実際、各国首脳はテロを厳しく批判しつつも、微妙な距離をとっている。アメリカやイギリスにさえその傾向が見られる。今や「西洋の没落」(シュペングラー)は明らかだ。
 もっとも、ヨーロッパの中にも批判の声はある。フランスの人類学者、エマニュエル・トッドは読売新聞のインタビューで「私はテロを断じて正当化しない」と強調する一方で、『シャルリー・エブド』のあり方に疑問を投げかけ、「今、フランスで発言すれば、『テロリストにくみする』と受けとめられ、袋だたきに遭うだろう。だからフランスでは取材に応じていない。独りぼっちの気分だ」と述べている。
 本書はそのトッドによる、アメリカ衰退の原因を分析したものである。これはヨーロッパにも当てはまる部分があり、本書ではヨーロッパの分析もなされている。
 トッドはアメリカの特徴の一つとして、普遍主義を挙げている。ここで言う普遍主義とは《活力の原理であると同時に安定性の原理でもあるもの、すなわち人間と諸民族を平等主義的に扱う能力》(本書146頁)のことである。
 普遍主義は差異主義と表裏一体である。あるグループを平等に扱うということは、それ以外のグループを不平等に扱うということだからだ。《類似と差異、同等性と劣等性は、分極化によって一緒に生まれるのである。》(150頁)
 アメリカでは当初、インディアンや黒人が排斥の対象となっていた。それにより、アイルランド人、ドイツ人、ユダヤ人、イタリア人移民を同等者として扱うことが可能になった。今ではインディアンに代わりヒスパニックが排斥されている(同前)。
 普遍主義の及ぶ範囲は状況によって変化する。トッドによれば、アメリカの普遍主義は1965年まで連続して拡大していったという。その大きな要因はソ連だった。共産主義には多くの欠陥があったが、ソ連は服従した諸民族を平等主義的に扱った。アメリカが黒人差別などとの闘争を始めたのは、ソ連のイデオロギーに対抗する必要があったからだ(153~155頁)。
 それ故、ソ連が崩壊した現在、アメリカの普遍主義が急速に弱まっているのも当然である。その結果、今ではアメリカはイギリスとさえ対立するようになっている。
 アメリカが衰退を食い止めるためには、もう一度普遍主義を取り戻す必要がある。そのためには、今回のヨーロッパの対応を反面教師とし、まずは自分たちのことを棚に上げて他人を批判する態度を改めることが必要だろう。これは最も平等主義に反する振舞いであるからだ。
 その意味で、アメリカがイランと核協議を始めたのは大きな変化である。アメリカはこれまで過剰なまでにイスラエルに肩入れしてきた。それは自らを正当化するものが必要だったからだ。《アメリカ自身の行ないが正しくない時に、イスラエルも正しくない行ないをしているがゆえに、パレスチナ人に対するイスラエルの行動がますます凶暴になるのを、アメリカは是認するのである。》(165頁)
 これは日米関係にも言えることである。現在、日米関係は主に歴史認識問題のために悪化している。アメリカが戦後70年の安倍談話で村山談話と河野談話を踏襲させたいのであれば、それと同時に、アメリカ自身も日本に対して東京大空襲や原爆投下、沖縄戦における殺戮などを謝罪する必要がある。
 そうでなければ、たとえ安倍総理がこれらの談話を踏襲したとしても、日本の中には必ず不満が残る。それはいずれ取り返しのつかない事態となって表に現れることになるだろう。(副編集長 中村友哉)