平成十六年一月、韓国が独島をイメージした「独島切手」を発行したことに対抗して、麻生太郎総務相が「竹島切手」の発行を検討すべきと発言、東京学芸大学・殿岡昭郎元助教授らが日本郵政公社に「竹島切手」発行を申請したが拒否された。殿岡氏らはこれを違法な行政処分として訴訟を起こしたが、この訴えも却下された。こうした不甲斐ない政府の対応に憤慨し、著者の濱口和久氏は竹島に本籍を移したのである。この体験と領土問題に関する深い考察は第二章「我が領土問題への思いと行動」に書かれている。
ところで、本誌四月号では、地政学者の奥山真司氏に地政学の重要性を語っていただき、本号にもご登場いただいた。本書のユニークさは、この地政学の重要性を強調している点にある。第一章「地政学の素養を身につけよ」で著者は次のように説く。
〈戦後、日本に進駐した占領軍(GHQ)は、日本の台頭を恐れて地政学の研究を禁止する。このため、日本では国家戦略に決定的に必要となる地政学の知識を持った日本人を養成してこなかった。…米国やロシアをはじめとする世界の主要国は、国家戦略の中心に地政学を昔も今も据えている〉(49頁)
著者は、英国のマッキンダーの『ハートランド論』などの古典的地政学を紹介した上で、歴史上で最初に地政学的な考え方を書いたものとしては、古代インドの名宰相と謳われたカウティリヤの著書『実利論』だと指摘する。カウティリヤは、王に対して「いかに世界を支配するか」ということを指南し、諜報作戦、女スパイの使用、毒薬の調合の仕方などを記し、さらに隣国との関係性を地理によって規定した外交政策を説いているという。
わが国の先人たちの思想と行動に地政学的視点を読み取ろうとしたのが第三章で、古代日本の防衛態勢にまで遡っているところが凄い。
六六三年の白村江の戦いに破れたわが国は、対外防衛態勢の整備を本格的に開始した。著者は、六六四年二月、中大兄皇子(後の天智天皇)が、対馬・壱岐・筑紫国に防人と烽を置き、筑紫には大宰府政庁を直接防衛するための水城(土塁と濠)を築いた、とする『日本書記』の記述を紹介する。六六七年、近江大津へ都を遷都後、百済の亡命者の指導で、筑前に大野城、肥前に基肄城、肥後に鞠智城、対馬に金田城、長門に長門城、讃岐に屋島城、大和に高安城などの朝鮮式山城を築いていった。
著者は、これらの城は、北部九州から瀬戸内海を経て畿内(大和)に至る交通ルートに沿って築かれたもので、唐・新羅の侵攻を予想した防衛態勢と見なすことができると指摘している(125頁)。続いて、北条時宗、織田信長、伊能忠敬、林子平、大久保利通らを、防衛問題に関わる先人として取り上げる。
第一章ではまた、日本は「唯一、自国の領土である正当な根拠がありながら、領土権の主張を遠慮がちに抑制している珍しい国」だと皮肉り、わが国防衛の問題点を、具体的に次々と指摘していく。
例えば、日本の戦略列島としての位置づけが良く見える、日本列島を一八〇度回転させた「逆さ日本地図」を学校教育の現場で積極的に活用すべきだと説く。本来「攻撃的兵器」と「防御的兵器」の区別などないと説き「専守防衛」という言葉の欺瞞を衝き、集団的自衛権の行使を可能にし、現在の日米同盟の片務性を解消すべきだと主張する(64頁)。さらに、サイバー攻撃に対する防御態勢を構築すべきだと訴える。
第三章「誰が日本を守るのか」では、領海警備法を制定し、海上保安庁と海上自衛隊の連携強化を図り、日本の海の安全と、海洋権益を守る体制を構築すべきだと説き(177頁)、また、諸外国では国防予算や人員は戦略に基づいて決められるの対して、わが国では過去十年間、まず防衛費の大枠が決まり、その中で装備品の調達や人員が決められている現状を批判している。そして、外国人によるわが国の土地取得の問題を安全保障の見地からとらえ、諸外国並みに、外国人に対しては借地権の限定や、土地の取得数、面積、場所の制限を早急に設ける必要があると主張している。
第五章「中国との摩擦は解消できるのか」では、中国の軍拡と海洋覇権の脅威を訴え、第六章「領土問題の基本は歴史認識から」では、北方領土、竹島、尖閣諸島、沖ノ鳥島の歴史をわかりやすく説明している。
本書には、チャンネル桜の自衛隊応援番組「防人の道 今日の自衛隊」のキャスターとして、毎週、外交・安全保障・領土問題などの専門家の話を伝えている著者の豊富な知識と経験が随所に生かされている。
【書評】 だれが日本の領土を守るのか?
(編集長 坪内隆彦)