今年のセンター試験の国語・現代文で、小林秀雄の『鍔』という評論文が出題されて、受験生に衝撃を与えた。1960~70年代、小林の難解な評論文はよく出題されており、受験生泣かせだったという。しかしその後、小林秀雄的な、いわゆる常識と感性に沈潜した印象批評の文章は出題されなくなった。
入試の現代文は、問題作成者が受験生に対して、真剣に読んでほしいと思う文章を出題するのだ、という話がある。確かに、人生がかかっているのだ、入試問題ほど真剣に、熱心に取り組まれる文章はないだろう。すると、入試問題の変遷は、その時代時代に、問題作成者がどういった価値観、資質を受験生に求めてきたかの反映とも言えるだろう。
まして、センター試験は60万人近くの若者が取り組む。入試センターの問題作成者が、現代の多くの若者に読んで欲しいと、数十年ぶりに小林秀雄が復活したわけである。
その難解さに比して、小林秀雄が文章をおそらく考えながら紡いでいく中で、言い当てようとしていたことはたぶん、そんなに難しいことではない。それは、生き、やがて死んでいくこの自分というものを、人間はどうやって納得することができるかということだ。われわれは「自由に思考する」と言うけれども、本当の意味で自由に思考することなどできない。知らず知らずのうちになんらかのイデオロギー的なものの見方に染まっていることがあるし、何よりも、自分の個性といい感性というものが、ものの見方を最初から決定づけている。自分というものを離れて思考することなどできない。それを踏まえた上で、やがて死に収斂される生を考えるということはどういうことなのか、それを問い続けた。
小林が厳しく指摘するのは、われわれは、あるものの見方、世界観にとらわれて、しかもとらわれていることにも気づかないままに、無駄におしゃべりをしているということだ。最も槍玉に挙げられるのが、戦後の日本人に広く浸透している合理主義的科学主義的世界観だ。
本書は、ノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士、すなわち、科学を代表するような人間との対談である。しかし、その対談は敵対的にはならない。湯川は優秀な科学者であっても、科学主義者ではないためであり、それこそが優秀な科学者であるということなのだ。
われわれが二年前の3・11で目撃したのは、結局、科学という厳密に合理的であると思っていたものが、原子力という最先端の、すなわちまだ未知の領域が残されている分野においては、あまりにも非合理な、人間的な力が作用しているということであった。もっとも信頼が置けると思われていた東大の原子力専門の教授陣は、どうやら御用学者に過ぎないのではないかと、疑いの眼差しが向けられるようになった。結局、原子炉とともに科学者たちへの信頼もメルトダウンしたのである。
もちろん、だからといって非科学主義に走る必要はない。ただ、科学でさえ、それを扱う人間という、非合理的存在が操る以上、非合理な世界の道具の一つにすぎないのだ、という当たり前のことがわかっていればいいだけなのである。
小林 因果律というものはぼくらの悟性の一つの絶対的の要求で、こういうふうなものが根底にないとどうしても科学は成立しない。たとえ物性が偶然性をもつというふうに考えても、どうしてもそこに確率論というものが現れざるをえない。
湯川 それはそうです。
小林 そうすると確率論というものは……悟性の因果律のようなものではこの実在が説明しきれなくなった場合に、やはり同じ悟性から生まれた一つの同じ悟性的欲求だろうと思うのです。
湯川 それはあなたの言われる通りだ。
小林 そうすると、いまの確率というものが基礎的法則になる因果律はどういう形になるのですか。
湯川は量子力学の専門家だが、量子力学の世界には、確率論が持ち込まれている。確率論を日常語で言えば、偶然ということだ。われわれは世界を原因と結果の因果律で理解したいという欲求を持っている。その欲求に従って科学という方法が発達してきたのだが、その最先端において、確率論が姿を現す。では偶然というものを基礎においた因果律とはどういうものなのか、と小林は湯川に問う。そこから派生していく対話は、知的刺激に満ちている。
今年は小林没後三十年である。当たり前のことを当たり前のこととして引き受ける、それほど難しいことはないと思索し続けた巨人の著作を読み返すには良い節目である。