ルペン大統領が誕生する可能性

ルペンもトランプに続くか

 パリの同多発時テロから1年が過ぎました。イスラム国(IS)の力が落ちているため、ヨーロッパでのテロは少なくなっていますが、決して安心できるような状況ではありません。そもそもISにテロを許してしまったフランスの脆弱性は、何一つ改善していません。

 フランスでも来年に大統領選挙が行われます。一部では、国民戦線のマリーヌ・ルペンが票を伸ばすのではないかと言われています。もはや何が起こっても不思議ではありません。トランプ大統領に続いてルペン大統領が誕生するとなれば、世界はさらに混沌とした状況になるでしょう。

 ここでは、弊誌1月号に掲載した、作家の佐藤優氏と哲学者の山崎行太郎氏の対談「『人を殺す思想』こそ本物だ」を紹介したいと思います。(YN)

フランスで再びテロが起きる

―― フランスで立て続けにテロが起きてしまったわけですが、なぜドイツやイギリスではなくフランスで起きたのでしょうか。

佐藤 私は、現在の状況はミシェル・ウエルベックの『服従』を読まないと理解できないと考えています。一言で言えば、フランスの脆弱性です。

 『服従』という小説は、2022年のフランス大統領選挙でイスラム政権が誕生するという物語です。ここにはイスラム恐怖症を煽っているという側面と同時に、イスラムへの憧れもあります。イスラム社会になれば一夫多妻制になり、20歳くらいの第二婦人を持つことができ、中東から潤沢な資金も入ってくる。また、イスラム社会では家族や家庭という価値観が大切にされ、男が女を支配することができる。ヨーロッパにはこうした価値観に対する憧れがあります。

 それから、1月7日のシャルリー・エブド事件の際には、フランスでは、パリだけでも370万人もの人々によるデモが起きましたが、今回はそのようなデモが起きていません。オランド大統領は今回のテロについて、「必ず復讐する」といった過剰な言葉を使っていますが、前回はそのような言葉は使っていませんよね。

 要するに、過剰な言葉を使わなければ国民を鼓舞することができないような状況になっているということです。フランスの中では「もうテロに巻き込まれるのは嫌だ」、「中東から手を引いた方がいいのではないか」といった声なき声が強くなっているんだと思います。

山崎 オランドは政治家だから、そのような大衆の集合的無意識を何となく感じているということですね。

佐藤 そうです。こういった声は新聞にも表れないし、世論調査にも表れません。世論調査は建前でしか答えませんから。しかし、『服従』がベストセラーになったことで、フランスの脆弱性が可視化されてしまった。とすれば、フランスでまたテロが起きる可能性もありますよ。先程も言ったように、革命は帝国主義の鎖の「弱い環」で起きるわけですが、その弱い環がフランスだということです。

山崎 場合によっては、フランスはテロ対策として何か過激なことをするかもしれませんね。フランス革命の時はギロチンで次々と首を刎ねていましたから、フランスが実際にやることはかなり過激ですよね。

佐藤 今回の一連の事件が人種主義と結びつく可能性もありますね。とすると、日本人も有色人種ですから、再び黄禍論について真面目に考えないといけなくなるかもしれません。もともとヨーロッパはアメリカと比べてずっと差別的だし、守旧的です。ヨーロッパが自由や民主主義という価値観を共有しているというのは幻想だった、あるいは一時的なことだったのかもしれない。何かヨーロッパの開けてはいけない蓋が開いている、地獄の窯の蓋がかなり開いている感じがします。

山崎 近代ヨーロッパという一つの幻想が崩れそうになっていて、そのために近代以前の価値観が露骨に表れ始めているということですね。

佐藤 そう思います。だから今後の国際情勢を読み解く上では、ポスト・モダンの知識だけではなく、プレ・モダンの知識も物凄く重要になってくると思います。