稲村公望 TPPに追従した国会議員の愚

 去年5月、月刊日本は「貧困・格差・TPP」と題する増刊号を出し、各界の論客がTPPを検証する記事を特集した。

 筆者はアジアの賢人マハティール氏のインタビューを掲載した。この増刊号は反対論者の悲鳴の羅列を記録したが、当時、オバマ政権がTPPを批准することがほぼ確実な情勢下で、負け犬の「最後っ屁」とか、時期を失した「白鳥の歌」と揶揄されもした。安倍政権は前のめりになって批准手続きを進め、TPPと平行して行われた日米二国間協議でも譲歩を繰り返し、秋にはTPP関連法を強行採決すらした。

 しかし、そもそもこれは交渉文書も秘密にされ、一部官僚だけが交渉過程を把握していたという出来レースで、TPPを主導したのはアメリカの多国籍大企業であった。全文は5554ページ。おそらく日本で、この全文を読んだ国会議員はひとりもいないのではないか。読んだ議員がおれば名乗り出て欲しいものだ。皮肉ではない。経済団体幹部もTPPの本質を理解していた節はないから、お追従の経済人は責任をとるべきだろう。

 米国大統領選では、クリントン候補もトランプ候補も、TPP反対を主張していたが、当選すれば前言を翻すことになるとの話がまかり通っていた。クリントン氏はオバマ政権の国務長官の時に、TPPは「金の標準」と述べていたし、トランプ氏が当選してからも、国務長官に指名されたティラーソン氏がTPPを認めたとか、TPPの延命を希望的に観測する話がマスコミではまことしやかに語られていた。

 しかし、安倍総理がニューヨークでトランプ氏と会見した後、南米に赴いた当日に、トランプ氏はTPPを就任の第1日に廃棄するとの声明を発表した。

 大統領選挙後、ニューヨークのトランプタワーでの祝勝会の模様がテレビで放映されたが、その時に右端に立っていた白髪の紳士が、アラバマ州選出のジェフ・セッションズ上院議員である。

 2013年の5月、セッションズ議員は、「今度は我々の番だ」と題する演説を南アラバマ大学で行い、英国のEU離脱と同様に米国はTPPから離脱すると主張して、TPPは米国の国家主権を奪うことになる、TPPは貿易協定の形をとってはいるが実は国家主権を破壊するトロイの木馬であり、米国議会を無力化するものだとも指摘した。

 英国のEU離脱はアメリカの目覚ましコールだったとも言い、EUやTPPのようなグローバルな組織が、国民の忠誠や犠牲を求め、実行力のある決断を行える訳がないと辛辣な演説をした。

 2015年5月6日付けで、セッションズ上院議員はオバマ大統領宛にTPPに関する諌言の書簡を発出し、5項目の要求を行った。

 ①上院議員たる自分たちはこの秘密条項を知ることが出来たが、国民にも公開すべきだ。

 ②貿易赤字がTPP全体でどうなるのか、特に日本とヴィエトナムとの二国間でどうなるか。

 ③雇用と賃金について、製造業全体の増減の見通し、米国の自動車産業の見通し、時間当たりの賃金が上がるのか下がるのか。

 ④中国を含め新しい加盟国の追加に、将来、米国議会の承認が必要とされるかどうか。

 ⑤TPPについて交渉権限を、議会が大統領に6年間与えるとして、その間に外国人労働者の入出国について、いかなる変更も行わないことを無条件で求める。

 さらに8月12日には、TPPは失策であり拒否すべきだと明快な声明を発表した。TPPは単純な貿易協定ではなく、12カ国で構成する委員会が米国議会の権能を超える可能性がある、との警告も発した。

 さて、日本で、セッションズ上院議員のように、TPPが議会制民主主義の根幹を逸脱するものであることを反対理由にした国会議員がいただろうか。

 財政諮問会議のように、選挙による選出を経ない大学教授や、世界的なコンサル会社や銀行や保険会社の代理人が専門家と称し、まことしやかな議論をして政策方針として押しつける仕組みにすっかり馴染んでしまい、国会は議論する能力すら失い劣化しているのが実態ではないのか。

 セッションズ上院議員は、トランプ政権の司法長官に早々に就任したが、TPP加盟の諸国民をグローバリズムの世界支配から、日本国家と国民を含めて、救った英雄になった。見通しと判断を誤って、TPPに追従した日本の与野党の国会議員も責任をとって然るべきだ。(『月刊日本』2017年2月号「羅針盤」より)