東郷和彦 靖国参拝は「第二の敗戦」の始まりか

靖国参拝は「第二の敗戦」を招きかねない

―― 安倍総理の靖国参拝に対して諸外国から非難の声が上がっています。この問題をどのように見ていますか。

東郷 安倍総理の靖国参拝は期せずして、中国、アメリカ、ロシア、韓国の四カ国による対日包囲網を作ってしまいました。今後の日本外交が厳しい状況に置かれることは間違いありません。

 1945年8月に日本は交戦国全てによる包囲網を形成されて物理的に負けてしまいました。今回の事態は、下手をすれば、文化的包囲網による「第二の敗戦」を招きかねないものです。その端緒となり得るものです。

 私は以前より、それだけは何としても避けなければならないと考えて発信を続けてきました。一度に全世界を敵に回して勝てるはずがありません。もし文化的敗北を喫してしまえば、日本は本当に危機的な状況に置かれてしまいます。

 特に、アメリカの「失望した(disappointed)」という発言は非常に重い意味を持っています。

 一部では、“disappointed”であって“regret”ではない、だからそれほど重い表現ではない、といった議論が行われています。また、アメリカの批判はトーンダウンしているという議論もあります。それは、ケリー国務長官と韓国の尹炳世外交部長官の共同記者会見の際、尹長官は日本を遠回しに批判したが、ケリーはそれについて何も言わなかったので、アメリカはこれ以上日本を追及することはないだろう、というものです。

 しかし、これらの議論は完全に間違っています。その表現が“disappointed”であるかどうかなど関係ありません。また、アメリカが公に日本を批判しなくなったとしても、日本に対する“disappointed”が薄れることはありません。それはアメリカの国益が何であるかを考えれば明らかです。

 アメリカの国益にとっての最大の問題は、台頭する中国とどう付き合っていくかです。そして、アメリカはその中国に絶対に負けないように力を蓄えようとしている。そのための絶対条件は、不必要に中国を挑発しないことです。それはアメリカが同盟国に期待する最小限のことでもあります。

 それゆえ、中国と尖閣諸島を巡って戦争になりかねない状況にある日本に対しては、特に細心の注意を払って行動するように求めてきているのです。

 ところが、その日本の首相が靖国に行きました。靖国に行くことは、日本の内部の論理が何であれ、中国との関係を緊張化させることに違いありません。アメリカとしては、「何てことをしてくれたんだ」、「同盟国であるのに一体何だ」という気持ちでしょう。

―― 安倍政権は普天間移設問題をはじめとしてアメリカ受けの良い政策を実行してきました。安倍総理には、だからアメリカも靖国参拝を認めてくれるだろうという考えがあったのではないでしょうか。

東郷 その点についてはっきりしたことはわかりませんが、もし仮にそうだとすれば、アメリカに対する認識不足と言わざるを得ません。アメリカが普天間移設を評価しているとしても、中国を不必要に挑発しないというアメリカの方針が揺らぐことはありません。国益とはそういうものです。

―― ロシアの日本批判についてはどのように考えていますか。

東郷 ロシアは安倍総理の靖国参拝を直ちに批判しました。ロシア外務省は橋下市長の慰安婦発言の際も全く同じ反応をしています。

 ロシア外務省の議論は、戦後の現実、すなわち、第二次世界大戦の結果を揺るがすようなことは許されない、というものです。これは北方領土交渉に直結します。北方領土は第二次世界大戦の結果ロシアが正当に得たものだというのが彼らの主張だからです。1月末に開かれる日ロ外務次官級協議で、ロシア側が歴史認識問題について日本批判を強める可能性は十分にあります。

 また、今回の件は、ロシア国内の中国派の人たちの力を強めることにも繋がりました。ロシアの政府やオピニオン・リーダーの中には、中国と協調しようというグループと、日本との関係を進めようというグループがあります。その中国派が、日本の靖国参拝と領土返還要求は同じ「戦後の現実の否定」であるという論理に乗って、日本と協調しようという動きを批判してくる恐れもあります。

 もちろん日本側の交渉者はこういう議論を徹底的に叩かねばなりません。しかし、相互信頼の精神に基づいて「引き分け」とは何かを一緒に考えねばならない正にその時に、交渉を難しくする要因を付け加えてしまったということは否定できません。……

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