小林節 立憲主義に無知な安倍総理

96条先行改正は「裏口入学」だ!

── 2012年12月に第二次安倍政権が発足してから、1年5カ月が経ちます。この短い期間に、安倍政権は重要問題を次々に提起しています。総選挙ではTPP断乎反対を掲げていたにもかかわらず、TPP推進に転じ、国会での十分な議論を経ることなく特定秘密保護法を成立させました。いま、憲法解釈の変更によって集団的自衛権行使を容認しようとしています。この一連の動きをどのように見ていますか。

小林 国際国家として日本が生きていくために、ある程度日本の構造改革を進めなければならず、TPPにもある程度妥協が必要だと思っています。しかし、票をとるために「断乎反対」と言っていたのに、急にその立場を変えるということは、手続き的に大きな問題があります。特定秘密保護法の必要も認めますが、法案の中身に大きな問題がありました。

 人間は間違える存在です。だからこそ、法制度は人間の不完全性を前提に作られているのです。ところが、特定秘密保護法は秘密を漏らした公務員とそれに協力した民間人に厳罰を科すのに、行政官や政治家が不正な隠蔽をしても裁かれません。

 こうした問題のある法案を数の力で通してしまう。安倍首相は、いまや聞く耳を持たなくなっています。「僕の言うことを聞く人は好き。聞かない人は嫌い」といった、「おぼっちゃま独裁者」です。国家答弁を聞いていても、論争に行き詰ると「失礼じゃないですか」と感情的な反応をします。これは、本来あるべき政治家の姿ではなく、北朝鮮や中国の独裁者の反応と変わりません。政治家として危険だと思いますね。

 その危険性が露骨に表れたのが、昨年の憲法96条の先行改正でした。国会議員の3分の2以上による提案が必要という改憲へのハードルを、「衆参それぞれの過半数」に下げようとました。しかも自民党側は、この立憲主義の根幹に関わる重大問題について、「たかが手続きの問題」と言ったのです。

 権力者は常に堕落する危険があり、歴史の曲がり角で国民が深く納得した憲法で権力を抑えるというのが立憲主義の立場です。だからこそ、憲法は簡単に改正できないようになっているのです。日本国憲法は世界一改正が難しいなどと言われていますが、アメリカでは、上下各院の3分の2以上の賛成と4分の3以上の州議会の承認が必要です。

 だから私は、安倍首相の姿勢について立憲主義や法の支配を知らないと批判し、「裏口入学」だとまで言ったのです。昨年、安倍首相が外遊に出かけるゴールデンウイーク前には、世論調査で96条改正支持が多かったのですが、安倍首相が外遊から帰ってきたら、世論調査の結果は逆転していました。そして、96条改正を断念させることができました。

国民に9条改定案を堂々と示せ

── 安倍首相は、今度は、憲法改正によって9条を変えるのではなく、憲法解釈を変えることによって集団的自衛権行使容認に進もうとしています。しかも、まず内閣法制局長官を小松一郎氏に代えるという姑息な手段に訴えました。

小林 人を代えれば理屈が変わるとでも思っているのでしょうか。安倍首相には知性に対する尊敬とか畏怖の感覚が欠如しているように思います。官僚は国家としての主張の一貫性を重視します。だから官僚は、集団的自衛権行使のためには憲法改正しかないと進言する立場にあるわけです。ところが、官僚が正しいことを言ったら、「だったら、お前どけ」ということになった。これは絶対にしてはいけないことです。小松氏はフラストレーションで病気になってしまったように見えます。任命を受けた小松氏も愚かですが、それを決めた首相も愚かです。

 憲法9条成立の歴史的背景を考えなければいけません。わが国は第二次世界大戦に負け、「二度と侵略者になるな」という立法趣旨から9条は定められたのです。9条1項で自衛のための戦争は留保しましたが、2項で海外派兵が前提の交戦権を否認しています。

 集団的自衛権とは、同盟国が戦火に巻き込まれた際に支援しに行く権利です。これは、独立主権国家である以上は持っていると国際法で認められていますが、9条2項は、わが国に海外派兵を禁じているのです。したがって、海外で武力を使うことになる集団的自衛権行使は、今の憲法ではあり得ないことです。

 もし、どうしても行使が必要だというのなら、国民に9条の改正案を堂々と提案して、「国民投票」を実施すればいいのです。国民のものであるはずの憲法を、一時的に権力を預かっているだけの内閣が勝手に解釈の限界を超えてコントロールするなんてとんでもない。それは憲法を破壊する行為ですよ。

 憲法は国家権力の乱用を防ぐために権力者に課せられた制限です。内閣による「解釈」は、条文の許容限度内でのことでなければならないのです。この解釈改憲は、憲法に拘束されるべき権力者の中の最高権力者が、憲法を無視するに等しい行為であり、まさに「憲法泥棒」です。

 そもそも、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)に、憲法学界の標準的見解を代表する人が入っていない点が問題です。ところが、座長代理の北岡伸一氏は、憲法学者はいらないとまで言ったそうです。……

以下全文は本誌6月号でご覧ください。