佐藤優 トランプの正体(下)

フリンを守れなかったトランプ

 トランプ大統領は次々と大統領令を出し、過激な言動を繰り返していることから、強大な権力を握っているかのように見られています。しかし、その認識は誤りです。それは、大統領補佐官のマイケル・フリンが解任されたことからもわかります。もしトランプが強大な権力を持っているならば、フリンを守ることができたはずです。フリンを解任せざるを得なかったということは、トランプ政権は微妙な権力バランスの上に成り立っている政権だということです。

 ここでは、弊誌3月号に掲載した、作家の佐藤優氏のインタビューを紹介したいと思います。全文は3月号をご覧ください。

FBIが強大な権力を握る日

── トランプ政権の人事を見ていると、トランプ自身も含め、重要ポストの多くは政治的な実務経験のない人たちで占められています。彼らがまともな政治や外交を行えるとは思えません。

佐藤 彼らは投資銀行や石油会社などの実務経験はあるかもしれませんが、政治に関しては素人集団です。それだから、彼らが従来のゲームのルールを無視する可能性も想定しておかなければならないのです。やっかいなことに、他の国であれば「それはルールに反する」として拒否できますが、アメリカには強引に新たなルールを設定する力があります。彼らは、言うなればチェスの中に将棋のルールを持ち込むことができるわけです。平気で「二歩」のようなこともしてくるでしょう。

── 彼らには政治的な経験がないため、官僚の言いなりになってしまう可能性はありませんか。

佐藤 それはあり得ます。ただし、その場合に力を持つ官僚は、資格試験に合格してきた従来の官僚ではなく、政治登用で選ばれたいわば「第二官僚」です。

 これは小泉政権の初期について考えればわかりやすいと思います。小泉政権では、民間人だった竹中平蔵さんが経済財政政策担当大臣や金融担当大臣に登用され、同じく民間人だった元通産官僚の川口順子さんが外務大臣に登用されました。彼らは選挙の洗礼を受けていなかったので官僚と同じです。もっとも、竹中さんも川口さんもそれではまずいと考え、後に参院選に出ています。

 また、トランプの娘のイヴァンカや義理の息子のクシュナーなども力を持つと思います。これはサウジアラビアなどで行われているポリガミー(複婚)に似ています。トランプは女性関係にだらしないということではなく、権力を拡大するためには信頼できる人間を増やさなければならないということで、家族関係をどんどん拡大していったと見るべきです。

 そのため、トランプ政権は公私の区別がものすごくいい加減な政権になると思います。韓国の朴槿恵大統領弾劾の原因となった崔順実さんのような人がどんどん出てきてもおかしくありません。従来の官僚たちは非常に仕事がしづらくなるはずです。彼らの中には、こんなリスクの高い世界にはいたくないということで、すでに逃げてしまった人もいると思います。

 もう一つ言えば、トランプは共和党内にしっかりとした権力基盤がないので、権力を維持するために警察機構に頼るはずです。具体的に言えばFBI(連邦捜査局)です。

 この点で興味深いのが、ロシアのサイバー攻撃をめぐる問題で、CIA(中央情報局)やNSA(国家安全保障局)がロシアを犯人と断定している中で、FBIが不気味なほど静かにしていることです。本来、防諜を暴くのはFBIの専管であって、CIAやNSAの騒ぐことではありません。

 それでは、なぜFBIは黙っているのか。それは彼らがトランプと相当なつながりを持っているからでしょう。トランプは大統領選に対するサイバー攻撃について、「皆が知らない情報を持っている」と言っていました。「皆が知らない情報」をトランプに伝えているのは、消去法で考えればFBIしかありません。おそらくFBIはオバマにはブリーフせず、裏でトランプにだけブリーフしているのだと思います。

 つまり、CIAは現職であるオバマ大統領の顔を見ながら仕事をしているが、FBIはすでに次期大統領のトランプの顔を見ながら仕事をしているということです。トランプはロシアのサイバー攻撃に関するCIAの報告に不満を覚えているでしょうから、政治任用としてCIAにFBI関係者を送り込む可能性もあります。そうなれば、FBIの力はさらに強大化するでしょう。

トランプは独裁者か

── 公私の区別のいい加減さや警察重視、サイバー空間の活用という点では、トランプは安倍首相とよく似ています。安倍首相も多くの私的諮問機関を設置し、内閣情報官の北村滋氏と頻繁に会合を重ね、フェイスブックを駆使しています。

佐藤 トランプ政権の権力のあり方は、アメリカに限らず普遍的なものだということです。近代的な権力構造では対応できないような事態が生じるようになったため、権力がポストモダン的な構造に移行しつつあるのです。これにはサイバー空間の誕生も大きな影響を与えています。

 もちろん権力構造がポストモダン的になっているからといって、近代的なものが全てなくなるわけではありません。資本の運動は相変わらず続いており、その意味でモダンの世界も継続しています。それだから、モダンとポストモダン、さらにはプレモダンが、サラダボールのように仕分けされず、アマルガム(合金)のようになっていると見た方がいいでしょう。

 こうした権力構造について理解する上で役に立つのが、『フィナンシャル・タイムズ』の元モスクワ支局長であるチャールズ・クローヴァーがロシア政治について論じた『ユーラシアニズム』(NHK出版)です。日本では一般的に、プーチン大統領は絶対的権力を持つ独裁者であるという見方がなされていますが、それは間違いです。プーチンは様々なグループの上でうまくバランスをとりながら権力を維持しています。……