水野和夫 日本も貧困大国へ

マイナス金利政策でもデフレは脱却できない

―― 1月29日、日銀はマイナス金利政策の導入を決定しました。しかし、日銀の意図に反して株価は下落し、日経平均株価は1万6000円を割り込みました。

水野 黒田日銀総裁は2013年4月に最初の金融緩和を発表した際、「戦力の逐次投入はしない」と大見得を切っていました。ところが翌年10月に追加緩和を行い、さらに今回マイナス金利を決定しました。これは明らかに「戦力の逐次投入」ですから、黒田総裁の言動は矛盾していると言わざるを得ません。それほど日銀は追い込まれているということです。

 日銀はこれまで2年間で2%の物価上昇を達成することを目標としてきました。しかし、いくら金融緩和を行っても物価は上昇せず、もはや打つ手がない状況にありました。とはいえ、「これ以上為す術がありません」と言ってしまえば、日銀の存在理由はなくなってしまいます。そのため、彼らは新たな対策を講じる必要がありました。少なくとも対策を講じているフリをする必要がありました。今回日銀がマイナス金利に踏み切ったのは、短期的にはこのような組織防衛のためだと思います。

 もちろん、日銀は長期的には、マイナス金利によって企業が実物投資を行い、日本経済がデフレから脱却することを期待しているのだと思います。しかし、これにより企業が投資や借入を増やすことはありません。というのも、日本では既に実物投資が行き渡っており、これ以上実物に投資しても利潤を得ることができないからです。

 実際、一般の家庭ではテレビやエアコンなど日常生活に必要なものは一通り揃っており、新たな需要は見込めません。また、少子化によって人口は減少していますし、空き家や食品ロスの増加に見られるように、物も余っています。

 それでは株式投資であれば利潤を得られるかと言うと、そうでもありません。現在の株式市場では、リスクを負って投資しても利潤を得ることはできません。例えば、シャープは経営不振のために巨額の赤字を計上し、東芝も不正会計問題によって巨額の赤字が明らかになりました。そのため、シャープや東芝の株主はかなりの損失を負ったはずです。

 これは原子力産業やパネル産業に限った話ではありません。海外市場にも同じことが言えます。中国経済の先行きは不透明であり、ブラジルやロシアの経済も悪化しています。

 2003年10月にゴールドマン・サックスが「BRICsと共に夢を見よう」というレポートを出しましたが、このレポートが出たあと原油価格は1バレル30ドルから2008年に100ドルを上回る水準にまで高騰し、リーマンショック後一時30ドル台前半へと下落したのですが、その後再び上昇し、2014年夏までは100ドル台を維持していました。しかし、中東の混乱も深まり、2016年になるとついに原油価格は1バレル30ドルを切りました。このことが意味するのはBRICsの夢の終わりです。そして、石油市場に投資しても、従来のような利益を上げることはできないということです。

 実物投資でも株式投資でも石油市場でも利潤が見込めないとなれば、お金は債券市場に流れざるを得ません。株価が下落すると共に、10年物国債の市場利回りが一時マイナス0・035%にまで低下したのはそのためです。

 もっとも、利回りがマイナスということは、債券市場でも利潤が得られるわけではないということです。しかし、消費者物価も0・1%ほど下落しているので、実質的な貨幣価値は維持することができます。また、実物や株式に投資した場合よりも損失を抑えられることは間違いありません。これが国債にお金が流れた理由です。

アベノミクスが貧困層を拡大させた

―― 実物投資によって利潤が得られないのは、既に投資が行き渡っていることに加え、貧困層が拡大していることも要因だと思います。水野さんは『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社)で、先進国では中間層が没落したために二度と消費ブームは起こらず、それ故デフレを脱却することはできないと指摘されています。

水野 資本主義社会は「中心」と「周辺」から成り立っており、「中心」は「周辺」から安く仕入れたものを高く売ることで利潤を得ています。「周辺」から安く仕入れるということは、そこに安い賃金で働かされている人たちがいるということです。これは先進国と発展途上国の経済格差が問題となった「南北問題」について考えればわかると思います。

 もっとも、グローバル化の進展は「周辺」である新興国にも経済成長をもたらしました。これにより「南北問題」は解決したかに見えました。しかし繰り返しますが、資本主義社会は「周辺」がなければ成り立ちません。そのため、賃金が上昇した新興国の労働者に代わり、新たに賃金の安い労働者を作り出す必要がありました。

 それがアメリカのサブプライム層です。最近では学生ローンという形で学生も重い借金を背負わされ、社会に出る前から借金漬けにされています。……

以下全文は本誌3月号をご覧ください。