トランプへの期待と反動

トランプは本当に貧困層の味方なのか

 トランプは大統領選挙中に過激な政策を打ち出していましたが、実際にそうした政策をそのまま実行できるかどうかはわかりません。また、彼はあたかも白人の貧困層の味方であるかのように振舞っていましたが、彼自身は間違いなく富裕層に属しています。彼が本当に貧困層の気持ちを理解しているのか、彼らのための政策を実行する気があるのかどうかも定かではありません。
 
 トランプへの期待が高まっている分、もし期待に反するような政策をとれば、それだけ反動も大きいでしょう。我々は今後もトランプの動向から目を離すことはできません。

 ここでは、弊誌5月号に掲載した、元総務省大臣官房審議官の稲村公望氏のインタビュー記事を紹介したいと思います。(YN)

分裂するアメリカ

── アメリカでトランプ氏に多くの支持が集まっています。アメリカの現状をどのように見ていますか。

稲村 トランプ氏は「メキシコの金でメキシコ国境に壁を作る」とか「日本から雇用を取り戻す」といった過激な主張を繰り返していますが、その背後に人種主義の匂いを嗅ぎ取る人もいます。しかし、注意しなければならないのは、これはトランプ氏に限らずアメリカに残る一般的な感覚だということです。

 アメリカではマイケル・ハリントンの『もう一つのアメリカ(The Other America)』がベストセラーになったように、1970年代には公民権運動が頂点に達し、キング牧師のワシントン大行進が行われました。その成果として、アメリカの大学や政府機関、企業ではマイノリティーを一定数採用するアメリカ版のブミプトラ制度が導入されました。

 しかし、差別の是正に成功したとは言い難いというのが現実です。実際、周りから「どうせマイノリティーだから採用されたんだろう」と突き放されるなど、逆に差別を助長してしまっている側面も見られます。

 また、アメリカの中枢の国家情報機関では、日本人の配偶者を持つ者は採用されないと言われています。ここにも差別の感覚が残っています。

── トランプ氏は第二次世界大戦中にアメリカで行われた日系人の強制収容を肯定するような発言をしています。日本人として到底看過できるものではありません。

稲村 日系人の強制収容所を作ったのはフランクリン・ルーズベルトです。私は『日米戦争を起こしたのは誰か』(勉誠出版)という本を出しましたが、ここでルーズベルトの人種主義について紹介しました。

 例えば、ルーズベルトはスミソニアン研究所の文化人類学者であるアールス・ヒルデリカをホワイトハウスに招き、「日本人全員を温和な南太平洋の原住民と強制的に交配させ、やる気のない無害な民族に作り替える計画を立てたい」として研究を命じたと言われています。また、日本との戦争を想定して作られたいわゆる「オレンジプラン」では、「アメリカは〝白色人種〟の利益を代表し、英仏蘭と連合して〝黄色人種〟の日本と戦う」とされていました。

 アメリカの差別の感覚は日本人の想像を絶しています。もっとも、現在のアメリカでは社会格差がどんどん拡大し、白人が白人によって差別されるという状況が生まれています。差別を通り越した社会の分裂・亀裂が生れているのです。トランプ氏はアメリカに渦巻くそうした感覚を上手く掴んだからこそ、多くの支持を集めているのだと思います。

トランプはプア・ホワイトを切り捨てる

── アメリカが掲げる自由や平等という理念は、社会の分裂や亀裂を憎むものであるはずです。こうした理念は幻想だったということですか。

稲村 アメリカはこれまで自由や民主主義、人権といった理想を語ってきました。しかし、新自由主義によって金儲け主義がはびこっていった結果、理想を語ることが少なくなりました。チベット・ウイグル問題などの人権問題を真剣に取り上げなくなったのが、その実例です。今やパステルナークやソルジェニーツィンを救出したような世論はなく、ノーベル賞を受けた中国人文学者を救出せよという意見もかき消されています。

 アメリカの国力が低下していることも原因です。理想というものは、余裕がなければ語ることができません。今のアメリカは国力を大きく後退させ、世界最大の債務国になり、日本や中国に肩代わりさせています。また、プア・ホワイトと呼ばれる白人の貧困問題も深刻になっています。そのため、トランプ氏から「あなたの雇用を奪っているのは日本だ」と言われれば、「そうだったのか!」となってしまうわけです。

── トランプ氏は日本だけでなく中国や韓国も批判しています。反日かつ反中というのは、これまでのアメリカ政治の中では珍しいと思います。

稲村 トランプ氏は恐らく日本と中国の違いさえよくわかっていないと思います。もっとも、トランプ氏は実業界の成功物語を体現する人物であり、何よりもメイク・マネーという哲学を大切にしています。それ故、アメリカの儲かるような政策を提示すれば、中国であろうと誰であろうと手を組むはずです。実際、彼はトランプタワーの部屋を買い取る中国資本は歓迎だと発言しています。

── トランプ氏がメイク・マネーという哲学を持っているとするなら、プア・ホワイトの味方であるかのような彼の振る舞いは、見せかけということですか。

稲村 彼が大統領になれば、プア・ホワイトを切り捨てると思います。トランプ氏はテレビを使って実業界でのし上がった人間ですから、新自由主義者で劇場型政治家の典型でしょう。小泉政権時代に小泉改革を熱烈に支持したのは、規制緩和によって最もダメージを受ける人々でした。それと同じ逆説の構造が見られます。……