92歳の首相誕生へ
マレーシアで行われた総選挙で、マハティール元首相率いる野党連合が過半数を獲得し、勝利を収めました。マハティール氏も国政に復帰し、首相に返り咲く見通しです(5月10日 時事通信)。マハティール氏は御年92歳です。アメリカのキッシンジャーや中国の江沢民などと同世代に当たります。年齢を感じさせないとはまさにマハティール氏のためにある言葉です。
弊誌は何度かマハティール氏にインタビューさせていただいたことがあります。ここでは、月刊日本5月号増刊「貧困・格差・TPP」に掲載した、マハティール氏のインタビュー(聞き手・稲村公望氏)を紹介します。全文は5月号増刊をご覧ください。
TPPは弱小国支配の協定だ
稲村 『月刊日本』は、自立自尊の日本を求める政治評論の月刊誌です。狭い視野のナショナリズムではなく、開かれたナショナリズムを標榜しており、相互依存の世界にふさわしい日本を主張する雑誌です。
まず、交渉が大詰めを迎えているTPPについてお聞きしたい。マレーシアはTPP交渉に参加していますが、あなたは、TPPは、「マレーシアを大安売りすることになる」と評されました。その真意は何でしょうか。
私は、TPPは「日本の大安売り」にもなるのではないかと考えております。交渉過程は秘匿されていますし、一部の多国籍企業が、各国の政策を支配することになる危惧があるからです。日本の中では、TPPは中国を封じ込めるための道具だとの見方もありますが、とてもそうは思えません。なぜ、あなたはTPPを厳しく批判されるのでしょうか。
マハティール 第一に、通常なら国際協定をつくる交渉においては参加国が集って題目を決めて、参加国で内容を固めていきます。ところが、TPPの29章の原案は、参加国が対等の立場で用意されたものではなく、米国が自国が有利になるように秘密裏に事前に作成したものであり、到底受け入れがたいことです。微細に案文が決まっていて、その条項を無効にすることも修正することもできないようになっています。
TPP賛同者は「TPPは国境をなくして市場を開放することを意図している」と言っていますが、TPPが結ばれれば、資本を持っている国の資本がどんどん入り込んで来て、あらゆる企業が買収され、どんなビジネスでもやりたいことを始めることができるようになります。
米国にとっていいことでも、マレーシアにとっては悪いことになります。マレーシアが、ゼネラルモーターズを買収できるわけはありませんが、資本を持つ彼らは、どこにでも入り込んで、カネにまかせて企業を買収できるので、結局は市場を独占してしまうでしょう。
重大な問題は、「投資家・国家間訴訟(ISD)条項」です。ある国の政府の政策のせいで、企業が損失を出したとすると、その企業は裁判所に訴えることができるとしていますが、裁判所はそれぞれの国の裁判所ではなく、彼らが設立した裁判所で係争することになっています。そして外国企業が損失を出せば、国内の規制のせいだとされて、国は賠償金を払わされることになります。
ペルーやインドネシアは、多国籍企業が損をしたとして訴えられました。こうした悪しき先例がすでにあり、インドネシアはTPPに参加しないことを表明しています。
各国が、経済発展を支援するために、いわば幼稚産業を保護する必要があっても、米国企業の参入を妨げるものは、何でもTPPの条文に反することになり、保護政策は排除される制度になっているのです。
私は、TPPによって、マレーシアが自由に国内政策を行うことができなくなると確信するに至ったのです。TPPは、マレーシア経済をコントロールすることになります。
マレーシアには、民族間の経済格差と不平等の問題があります。これを是正するために、マレーシアは、米国で言うアファーマティブアクション(積極的差別是正措置)である「ブミプトラ政策」を採用し、貧しき社会階層を支援して、富裕層に追いつかせようとしていますが、こうした政策はTPPの規定に反することになります。例外が認められると言いますが、条項を見ると、こうした社会政策を許容するような国際条約の規定にはなっていません。だから、TPPは自由貿易の協定ではなく、貿易をコントロール、支配するための協定です。……