トランプはバノンを信頼していたのか
複数の米主要メディアで、トランプ大統領が最有力側近とされるバノン首席戦略官兼上級顧問の更迭を検討していると報道されています。その理由は、バノンとトランプの娘婿のクシュナー上級顧問が対立を深め、トランプ大統領が内紛に不満を募らせているためだということです(4月9日付産経新聞)。
バノンとしては、トランプと思想・信条が近く、大統領選からずっとトランプに協力してきたため、自分は特別扱いされていると考えていたかもしれません。しかし、トランプは様々な政治グループの上でバランスをとりながら権力を維持しており、決して独裁者ではありません。そのため、バノンのみを重視するわけにはいかないのです。これはトランプ政権に限らず、安倍政権やプーチン政権、習近平政権にも見られる構造です。
また、そもそもトランプがバノンを本当に信頼していたのかという問題もあります。これについてはまた別の機会に論じたいと思います。
ここでは、弊誌3月号に掲載した、作家の佐藤優氏のインタビューを紹介したいと思います。全文は3月号をご覧ください。
トランプは独裁者か
こうした権力構造について理解する上で役に立つのが、元『フィナンシャル・タイムズ』のモスクワ支局長であるチャールズ・クローヴァーがロシア政治について論じた『ユーラシアニズム』(NHK出版)です。日本では一般的に、プーチン大統領は絶対的権力を持つ独裁者であるという見方がなされていますが、それは間違いです。プーチンは様々なグループの上でうまくバランスをとりながら権力を維持しています。クローヴァーは次のように述べています。
《プーチンがロシアで最高権力者であることは疑問の余地がないが、支持者たちがイメージする絶対主義的皇帝とか、彼の誹謗者たちが口にする独裁的専制君主といった意味での権力者でないことは明らかだ。オリンポス山の王座に座っているのではなく、現代版大貴族の集合体の上に座しているようなもので、彼らは資産、政策、甘い汁をめぐって絶え間ない争いを繰り広げている。かつてのソ連共産党政治局の現代版のようなもので、決定は各メンバーの合意か、有力利益団体の力のバランスによってなされている。》
《プーチンがほとんどの上級幹部たちに対して直接的な権威を及ぼしているという点については、何人かの分析者は疑問視している。彼らの主張によれば、大統領はむしろ、みずからの中立的立場を維持するために、競合する利害の間を政治的に調整し、それによって生じる厳密なバランスに従って行動せざるをえないというのだ。エリート高官たちの論争では、大統領はもっぱら問題解決者や調停者の機能に徹して自身の政治的権威を保持し、その場合、イデオロギーは二の次で、エリートたちのパワー・ダイナミクスが最優先となる。》
《クレムリンは、厳格なトップダウンの命令系統を持つ軍隊的機構と見るよりも、ネットワーク組織として見るほうがたとえとしては優れていると思われる。ネットワークは水平にゆるく連結された組織で、古典的な指揮系統ではなく、キューサインや合図に応じて作動する。ネットワークでは、イデオロギーのキューサインを出す者は、いかなる執行権力も振るわず、キューに応じる実行部隊にとっては、合図の痕跡だけ残す現実感を伴わない存在として映る。そして、有力なインテリ小集団がプーチンの側近グループとの希薄な絆を際限もなく宣伝する努力を続けながら、あまり冴えない宣伝活動をハイジャックして、自分たちの目的にかなうように利用し続けていく光景を容易に見ることになるだろう。》
これは安倍政権にも当てはまることです。自民党は衆議院で3分の2の議席を握っているのだから、安倍首相は本来であれば自らの思想信条である保守的な政策を行うことができるはずです。ところが、安倍政権は憲法改正もできず、70年談話や慰安婦合意など、コアな保守派にとっては受け入れがたいことも行っています。それは、安倍政権が外務省や経産省、さらには創価学会など、様々なグループの均衡の上に成り立っている存在だからです。
同じことはトランプにも言えます。そのため、トランプが決断を下せば全てその通りに実行されるというわけではありません。ある種の事柄については、自分を大統領にしてくれたグループの賛同を得なければなりません。もしトランプが自分のやりたいことを強引に行おうとすれば、彼らがサボタージュし、政権運営は行き詰まってしまうでしょう。……