アメリカはTPP反対派を説得できるか

アメリカのTPP批准はほぼあり得ない

 既に日本でも広く知られているように、大統領候補であるヒラリーもトランプも、ともにTPPに否定的な態度をとっています。また、アメリカ議会もTPPに批判的です。例えば、『フォーリン・アフェアーズ・リポート』最新号(2016年11月号)に、知日派ジャーナリストであるリチャード・カッツ氏が「アメリカのTPP批准はほぼあり得ない」という論文を寄稿しています。彼はそこで、次のように述べています。

 上院のミッチ・マコネル院内総務(共和党、ケンタッキー州選出)は、この20年にわたってすべてのFTA法案を支持してきた自由貿易派だ。しかしその彼でさえ「現在の合意内容のままでTPPを成立させるよりも、批准しない方がよい」と考えている。マコネルは、特に「投資家対国家の紛争解決」の対象からタバコ産業が外されたことに反発している。これは、投資家(企業)が投資対象国の規制が見直された場合に被るダメージをめぐって相手国政府を訴訟するためのメカニズムだ。
 
 上院金融委員会院長で自由貿易派だったオリン・ハッチ上院議員(共和党、ユタ州選出)も、医薬品産業が生物学的製剤の試験データ保護期間をめぐって譲歩したことに強く反発しているために、TPP批准に反対している(米国内法では企業の生物学的製剤のテストデータには12年間の保護が認められているが、TPPではそれが8年間とされている)。ポール・ライアン下院議長(共和党、ウイスコンシン州選出)も、「TPP条約案を議会に認めさせるには、オバマ政権は合意を見直し、一部を再交渉する必要がある」と明言している。

 民主党サイドはどうだろう。上院金融委員会の有力者ロン・ワイデン(オレゴン州選出)は、2015年に議会でのTPP成立へ向けた環境整備のために、大統領貿易促進権限(TPA)法成立に向けて13人の上院議員を率いた自由貿易支持派だ。だがその彼でさえ「支持すべきか、反対すべきかを決めるために、TPPの内容を検証している」と語っている。

国内法の改正を迫る「承認手続き」

 
 もしアメリカがTPPを成立させようと思えば、再交渉が不可欠になるでしょう。しかし、いくらアメリカといえども、再交渉は極めて難しいと思います。とはいえ、彼らがそう簡単に引き下がると考えるのも間違いです。再交渉以外にも、TPP反対派を説得しうる手段があるからです。アジア太平洋資料センター(PARC)事務局長の内田聖子氏は、弊誌増刊号「貧困・格差・TPP」の中で、次のように述べています。

……フロマンUSTR代表は1月20日に、「未解決の懸念に対処するために利用可能なあらゆる手段を活用したい」と語っています。

 その手段の一つが、協定の「実施計画」です。協定の実施プロセスにおいて、アメリカに都合のいい要求を相手国に飲ませようというのです。

 さらにアメリカは、「承認手続き(certification)」によって、相手国の国内法に干渉しようとしています。「承認手続き」は、交渉が妥結し、各国が批准して発効するまでの間に、相手国の国内法をチェックし、TPPの水準に合致していないところがあれば、それを変えるよう要求してくる、極めて恐ろしい仕組みです。

 相手国が協定の水準に国内法を合わせない限り、大統領は発効手続きのゴーサインを出してはいけないことが、アメリカの「通商協定実施法」で定められているのです。

 実際に、これまでアメリカは、コスタリカやグアテマラなど中南米諸国とのFTAを結んだ際にも、この承認手続きによって追加要求を飲ませています。韓米FTAにおいても、同じことが起きました。韓米FTAによって膨大な数の韓国国内法が改正されたのは、この承認手続きによる要求の結果なのです。

 それゆえ、現状では大統領候補もアメリカ議会もTPPに批判的ですが、場合によっては彼らが態度を変更することもあり得るということを念頭に置いておく必要があります。(YN)