東郷和彦 「引き分け」で決着をつけよ!

なぜプーチンは不快感を露わにしたのか

―― 4月29日、モスクワで日露首脳会談が行われた。今回の会談をどのように評価しているか。

東郷 今回の会談の最大の目的は、安倍総理とプーチン大統領との間に信頼関係を構築することだった。領土問題を含む日露関係を改善する上で、相手が交渉パートナーとして信頼に足る男か、この男とであれば共に困難な決断を下すことができるか、それを見極めるための会談だった。両首脳がどのように感じたか、実際のところは彼ら自身にしかわからないが、私が見たところ会談の目標は達成されたと思う。

 私がそう感じたのは、首脳会談後に行われた共同記者会見の最後の様子を見た時だった。TBSの記者が質問に立ち、ロシアは北方領土に対して投資やインフラ整備を行い、北方四島の「ロシア化」を進めているが、これは領土交渉を難しくするのではないか、という非常にデリケートな問題に踏み込んだ。

 これに対するプーチンの回答は注目に値するものだった。プーチンはまず不快感を露わにし、あなたはメモを読み上げたが、そのメモを書いた人に伝えてくれ、と、記者の方にグサリと斬り込む形で答えた。

 プーチンは続けて、もし誰かが交渉を邪魔したいのであれば挑戦的な対応をしなさい、こちらも挑戦的にお答えしよう、平和条約交渉に関するロシアの公式的な立場をご存じですよね、と述べ、「しかしながら、我々が集まったのは公式論をぶつけ合うためではなく、問題を解決する方法を見つけるためではないですか」と淡々と語ったのである。

 私はこの時、この会談で表に出てきたものの中で初めて、ペーパーに書かれたものを読み上げたのではない、彼の「肉声」を聞いたように思った。

 プーチンは明言しなかったが、ロシア政府の公式的な立場と言えば、第二次世界大戦の結果、四島の領有権はロシアに移った、この戦後の現実は変えられない、というものだろう。しかし、そういう公式的立場をぶつけ合っていたのでは、交渉は進まない。重要なのは、お互いの公式的立場を振りかざして相手をひっぱたくことではなく、双方が受け入れ可能な解決策を考えることだ。これは、昨年の3月にプーチンが大統領に就任して以来、一貫して主張してきたことでもある。

 もしプーチンが安倍総理と共に領土交渉を本気で進める気がなければ、このような発言が記者会見の最後の時点で出るとは考えにくい。少なくとも、プーチンは今回の会談を次に繋がるものだと認識したと考えてよいと思う。

―― 今回結ばれた共同声明についてはどのように見ているか。

東郷 共同声明の中で領土問題に関係するものは7項から9項だ。7項と8項の内容には重複するところがあり必ずしも明快でないことから、共同声明の作成作業が難航したことがうかがえる。

 7項では「双方に受け入れ可能な形で、最終的に解決することにより、平和条約を締結する」決意が表明され、8項では、領土問題について過去に結んだ諸文書に基づいて交渉を進めることが合意された。また、9項では「両首脳の議論に付すため、平和条約問題の双方に受け入れ可能な解決策を作成する交渉を加速させるとの指示を自国の外務省に共同で与えることで合意した」と定められた。これらは全て評価できる。事務方に丸投げするのではなく、両首脳の決断によって問題を解決することが明確になった点も重要である。

領土交渉を動かすための経済協力

―― 首脳会談では経済問題も重要な議題となったようだ。

東郷 この1年間、領土交渉について実質的な準備が行われたというシグナルはなかったが、経済問題についてはいくつかの動きがあった。日本の経済界の人たちは、日露の経済協力を進めるために様々な努力をしていた。

 その成果の一つが、「日露投資プラットフォーム」の設立に関する覚書が締結されたことである。これは、日本国際協力銀行(JBIC)とロシア対外経済銀行(VEB)、ロシア直接投資基金(RDIF)との間で結ばれたもので、これによって投資に関する新しい枠組みが形成された。

 日本側から政府系金融機関であるJBICが入ったことからもわかるように、日本政府は官民一体となってロシアに対する投資を進めようという姿勢をはっきりと打ち出した。これは、アベノミクスの「三本の矢」の一つである成長戦略にも合致する。また、ロシア側も日本からの投資を求めていたことは周知の通りである。

 現時点において、「日露投資プラットフォーム」がこれからどのくらい具体的な投資の呼び水になるかは明らかではないが、経済関係拡大の意思表明としては注目してよいと思う。……

以下全文は本誌6月号をご覧ください。