日米安保破棄に備えよ

トランプの対日政策

 アメリカ大統領選の共和党候補指名争いで首位を走るトランプ氏が、大統領に就任した場合、日本が駐留経費の負担を大幅に増額しなければ、在日米軍を撤退させる考えを表明しました。また、トランプ氏は、日韓両国が北朝鮮などから自国を防衛できるようにするために「核武装もあり得る」として、両国の核兵器保有を否定しないという見解も示しました(3月27日付時事通信)。

 トランプ氏はしばしば孤立主義者だと言われることがありますが、日韓の核武装さえ否定しないとすると、むしろ力の均衡を重視するリアリストと見るべきなのかもしれません。

 現時点ではトランプ氏が大統領になるかどうかは定かではありません。しかし、これだけトランプ氏が支持を集めたということは、トランプ氏以外の人が大統領になったとしても、その大統領は「トランプ的な政策」をとらざるを得ないでしょう。

 トランプ氏の出現でアメリカは大きく変化しました。もはや日米安保破棄や在日米軍撤退は「想定外」とは言えません。その時、果たして日本の親米保守派たちがどのように振る舞うのか見物です。

 ここでは弊誌2012年4月号に掲載した、地政学者の奥山真司氏のインタビュー記事「日米安保条約破棄に備えよ!」を紹介したいと思います。4年前の記事ですが、内容は古びていません。(YN)

大統領選挙を控えたアメリカはいま、外交戦略の大きな転換期に差し掛かっている。それを象徴的に示しているのが、リアリスト系国際政治学者クリストファー・レインの唱えるオフショア・バランシングという大戦略のアイディアの台頭であり、それはアメリカからの日米安保破棄要求をもたらす可能性すらある。レイン著『幻想の平和』の翻訳者で、欧米の地政学、戦略論に精通した奥山真司氏に、アメリカの外交戦略に何が起きているのかを語っていただいた。

オフショア・バランシングは一九世紀英国外交の再来だ

―― クリストファー・レインはアメリカの外交戦略がどうあるべきだと主張しているのか。

奥山 レインらのリアリストが手本としているのが、一九世紀のイギリスの外交戦略だ。当時イギリスは覇権国だったが、自国に対して脅威になる国の出現を防ぐために、ヨーロッパ大陸に対して一歩引いた立場に立ち、巧みな勢力均衡(バランス・オブ・パワー)外交を展開した。ある国を支援して別の国とぶつけさせ、相討ちさせることによって、両国の力を相殺させたり、関係を分断したりするという政策だ。

 レインの提唱するオフショア・バランシングとは、「イギリスという島国とヨーロッパという大陸」という関係を、「アメリカという島国とユーラシアという大陸」に置き換えて、イギリス流の勢力均衡策を採用しようとするものだ。自らは「沖合」(オフショア)から、バランサーとして立ち回り、ユーラシア大陸の勢力均衡を図るということだ。

 大国の勢力拡大に対して自ら直接対処するのではなく、それを間接的に他国にやらせる。そして最後の段階で、自ら積極的に介入するのではなく、乞われて出て行く方が望ましいと考える。この戦略のキーワードは、責任(バック)を転嫁(パス)すること、つまり「バック・パッシング」である。かつてイギリスは、ナポレオン率いるフランスがヨーロッパ大陸で暴れていた一八世紀後半から一九世紀前半、ヨーロッパ大陸内のバランスがフランス側に大きく傾きつつあることを懸念したが、自ら出ていくのではなく、プロシアやロシアやオーストリアなどの周辺の大国に責任転嫁し、対処させようとした。

―― 外交理念やイデオロギーよりも国益を優先させる冷徹なリアリズムだ。

奥山 外交理念に基づいて特定の国と永続的な友好関係を結んだり、特定の国を敵視したりするのではなく、あくまでも国益に基づいて国家関係を規定としようとする。極端に言えば、すべての国は悪であるというところから出発するのだ。

リアリストは日米安保条約破棄を迫る

―― オフショア・バランシングが採用されると、アジアでは何が起きるのか。

奥山 中国の台頭に対して、アメリカは責任を負わず、アジア各国に責任を持たせるという方向に進む。レインは、台湾、尖閣諸島、南シナ海などは、中国や日本にとっては重要かもしれないが、アメリカにとっては本源的な戦略的価値はないと言いきっている。ジョージ・ワシントン大学のチャールズ・グレイザーは、一層はっきりと、アメリカは台湾に対するコミットメントを取り下げることを検討すべきだと主張している。アメリカが圧倒的な軍事力を誇っていた時代は過ぎ去り、いまや中国はアメリカに対する核報復力を手にした。こうした状況で、台湾や日本を守る際の潜在的なリスクが増大しているのである。

 そこで、日本はアメリカに頼るのをやめて、自らの力で中国に対抗しろと主張することになる。具体的には日米安保条約を破棄し、日本の自主核武装を支援すべきだとの主張となる。

 海外の紛争にアメリカは巻き込まれるべきではないという主張がリアリストの間で高まっているのだ。キッシンジャーとならぶ国際政治学の大御所ズビグニエフ・ブレジンスキーもまた、近著『Strategic Vision』において、一九世紀のイギリスの戦略に学ぶべきだと主張している。(以下略)