安田浩一 日常化するヘイトスピーチ

ヘイトスピーチの深刻さが理解できない首相

 9月3日の首相動静によれば、安倍首相はDHCテレビのインタビューを50分ほど受けています。DHCは「ニュース女子」という番組を制作し、「沖縄の基地反対運動を扇動する黒幕」、「反対運動に日当を出している」などとして辛淑玉氏を誹謗中傷しました。これは辛氏と沖縄に対するヘイトスピーチです。なぜ安倍首相はこのような制作会社の番組に出演するのでしょうか。ヘイトスピーチの深刻さを全く理解していないと言わざるを得ません。

 ここでは弊誌9月号に掲載した、ジャーナリストの安田浩一氏のインタビューを紹介します。全文は9月号をご覧ください。

ネットのデマが殺戮を招く危険性

―― 日本社会のヘイトスピーチに対する理解はまだまだ不十分です。いまだにヘイトスピーチを下品で過激な言葉のことだと思っている人もたくさんいますが、それでは「朝鮮人は死ね」を「朝鮮人の方々はお亡くなりになってください」に言い換えればいいということになってしまいます。

安田 実際に在特会(在日特権を許さない市民の会)のような団体は、そのような言い換えをしてヘイトを行っていました。しかし、丁寧な言葉にすれば途端にヘイトスピーチでなくなるわけではありません。ヘイトスピーチが許されないのは、人種や民族など本人が抗弁できない属性を理由にして、その人の存在を抹殺しようとするものだからです。言葉遣いが汚いからダメなのではなく、言っていることが間違っているからダメなのです。 

 メディアの中にもこの点を理解していない人たちがたくさんいます。たとえば、産経新聞は2015年に、作家の大江健三郎氏が安倍首相のことを「安倍」と呼び捨てにしたことを取り上げ、ヘイトスピーチではないかと批判しました。しかし、首相を呼び捨てにすることはヘイトスピーチでもなんでもありません。ヘイトスピーチとは何かということを理解していないから、このような記事を書いてしまうのです。

―― ヘイトスピーチの問題をもう一つあげると、それがデマに基づいて行われることです。西日本豪雨の際には、川崎在住の人間が愛媛県南部の被害状況と結びつけ、ツイッターに「火事場泥棒の中国人、韓国人、在日朝鮮人たちが避難所に居る間に狙ってますのでご注意下さい」と投稿しました。これは明らかにデマです。愛媛県警も投稿内容を否定しています。この人間は軽い気持ちでデマを流したのでしょうが、こうしたデマが多くの悲劇を招いてきたことを知るべきです。

安田 その通りです。ネットでヘイトを流している人間の中には様々な人がいますが、自覚的な差別主義者よりも、何の覚悟もなく軽いノリでデマを流している人間が大半だと思います。

 しかし、そうしたデマが殺戮を生んできたことは、歴史を見れば明らかです。たとえば、関東大震災後の朝鮮人虐殺がそうです。もちろん私はあの時代を体験していないので、本や資料などからしか知ることはできませんが、あの虐殺に加担した人たちは特別凶暴であるとか、日頃から差別的な言動を行っていたというわけではありません。ごくごく普通の人たちが「もしかしたら自分はやられるかもしれない」という恐怖のためにデマに乗せられ、殺戮の主体になってしまったのです。

 また、アフリカのルワンダで行われた虐殺もそうです。このとき、ルワンダではフツ族とツチ族の対立が高まり、50万人から100万人もの人々が殺害されたと言われています。彼らはそれまで様々な軋轢があったにせよ、同じ地域で生活をともにしてきました。しかし、政治家などのデマに乗せられた結果、ある日突然殺戮が起きてしまったのです。この殺戮の主体になったのも、やはり普通の生活者たちでした。

 こうしたことが現在の日本で起きないとは言えません。実際、学生も含め色々な人たちに取材をしていると、ネットの書き込みを信じたり、あるいは無意識のうちにネットの影響を受けている人はたくさんいます。それゆえ、ネットのデマに対してきちんと批判を行っていくことが重要になると思います。……

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