中国の台頭を前にして、日本はこれまでの「親日国家・台湾」という単純な認識から脱却し、日台関係を刷新する必要に迫られている。
台湾をめぐる米中の覇権争い
―― 急速に強大化している中国は周辺諸国を取り込むべく、政治的にも経済的にも様々な画策を行っている。
東郷 現在、中国は西太平洋へ進出し、いわゆる第一列島線、第二列島線を勢力下に置こうとしている。第一列島線の中にある台湾は中国にとって最重要地域であり、第一列島線上の沖縄や、その間に位置している尖閣諸島も同様である。
日本が石油を輸入する際はマラッカ海峡や台湾海峡を通らざるをえないため、ここを中国に抑えられることは日本の安全保障にとって大きな問題だ。
また、アジア太平洋への回帰を始めたアメリカにとっても、中国の海洋政策は脅威である。現在進んでいる米軍再編は、明確に中国の制海権拡大の動きに対抗するものである。
この米中による覇権争いという視点を抜きにして、台湾問題について語ることはできない。
私は今年の2月に、米中上海コミュニケ発出40周年記念シンポジウムに出席する機会を得た。40年前の1972年、アメリカのニクソン大統領が中国を電撃訪問し、北京で毛沢東や周恩来と会談した。いわゆるニクソン・ショックである。その成果として、外交関係の設定には至らなかったが、「上海コミュニケ」と呼ばれる文書が採択され、米中関係の正常化が始まった。
このシンポジウムには、中国からは上海市副市長や崔天凱外交部副部長(副大臣にあたる)など、アメリカからはリチャード・ソロモン(ニクソン訪問を準備したチームの一人、現・米平和財団理事長)やクリストファー・ヒル(六カ国協議元米国首席代表、現・デンバー大学国際関係学部長)などが参加していた。
シンポジウムでは、その全体を通して、米中関係が両国にとってだけでなく世界にとって極めて重要であることが強調された。それと同時に、両国間には互いに譲ることのできない権益が存在する、といった緊張感も漂っていた。
そこでは台湾問題に関するやり取りもなされ、ソロモンが「台湾海峡をめぐる情勢も大きく変わってきている。…未来を見れば、政治解決への希望が強まっている」と述べるなど、この問題について両国が敏感になっていることが肌で感じられた。
(中略)
日本人は台湾防衛のために命を捨てよ
―― 拡大を続ける中国を前にして、我々は心情的にも地政学的にも、日台関係を見直さなければならない時期に来ている。
東郷 私はかつて、台中のある大学で行われた講演会で「トーゴー先生は台湾独立を支持しますか」と質問された時、「自由に表明された台湾の人たちの意思を支持します」と答え、独立の是非について明言を避けた。
この時私が念頭においていたのは、日本がポツダム宣言を「国体の護持」を条件として受諾すると通告したことに対して、アメリカ側からなされた「日本の政体は日本国民が自由に表明する意思のもとに決定される」という回答である。
台湾に住めば、台湾人の多くが、中国とは違った政体の下で独立国家をつくりたいという気持ちを持っていることが痛いほど伝わってくる。
だが、仮に台湾人が自由意思の下、中国と一つになることを望むのであれば、日本はそれに反対すべきではないと思う。それが日本の安全保障を脅かすことになろうとも、日本にその権利はない。
しかし、これは全くの仮定の話ではあるが、台湾人が自由意思の下で中国への併合を臨んでいないことが明らかであるにもかかわらず、中国が軍事力によってこれを抑えようとする事態が生じてしまった場合、日本人は台湾防衛のために台湾と共に戦うことを考えるべきだ。
―― それは何故か。
東郷 私は、歴史に依拠し、歴史を鏡として生きることこそ最も重要なことだと考えている。現代を生きる我々は、歴史を知り、それに誇りを持つと同時に、歴史に対する責任を負わねばならない立場にある。
日本は戦前、台湾を植民地統治してきた。台湾の現在はその歴史の上に存在するものであり、日本人はその植民統治に対する責任から逃れることはできない。
また、戦後に台湾がたどった民主化の過程は、日本人が戦後営々と努力し築いてきた価値観と共鳴するものである。
このように、戦前・戦後において台湾で起きたことは、我々日本人の歴史と切っても切り離せない関係にある。それゆえ、台湾において絶対に起きてはならないことが万が一起きてしまった場合、日本人がそれを黙認してよいわけがない。
これは、戦前に行った植民地統治に対する深い反省があるからこそ言っているのであり、そこから学んだ「人々の意思を力で抑圧してはならない」という教訓は、少数民族支配を強める今日の中国に対して伝えねばならないことであろう。
もちろん、これは極端な想定である。台中関係をいたずらに煽り立てることは誰の利益にもならない。しかし、あえて言えば、この台湾問題こそ日本人が文字通り命を懸けるに値するものである。……
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