徴用工問題はアメリカに飛び火するか

徴用工問題にどう対処すべきか

 韓国の大法院(最高裁)が新日鉄住金に対して、元徴用工への損害賠償を命じました。これは非常に複雑な問題です。舵取りを間違えれば、日韓関係だけでなく、日米関係もきわめて難しい状況に陥ってしまう恐れがあります。

 ここでは弊誌2017年10月号に掲載した、元外務省欧亜局長の東郷和彦氏のインタビューを紹介します。

徴用工問題によってパンドラの箱が開く

―― 北朝鮮問題に対応するためには韓国との関係も重要になります。しかし、安倍政権と文在寅政権との関係は決して良好とは言えません。

東郷 文大統領は盧武鉉政権時代に秘書室長を務めており、いわば盧武鉉大統領の最側近でした。盧武鉉政権の基本的なスタンスは親北朝鮮、反米、反植民地主義(反日?)でした。

 もっとも、文政権には大統領外交・安保特別補佐官に起用された文正仁・延世大名誉教授のように、私を含め日本に多くの知り合いがいる人もいます。また、金正恩政権の過激な行動に対し、文政権としても日米と手を組まざるを得ない状況にあります。そのため、彼らは現在のところある種の自制力をもって日本に接してきているように見えます。

 とはいえ、これは彼らの体質自体が変わったということではありません。日本としては細心の注意をもってお付き合いしていく必要があると思います。特に今後問題になる可能性があるのが、徴用工問題です。

 事の発端は、日本の植民地下で強制労働をさせられた韓国人が損害賠償を求め、日本で裁判を起こしたことです。この裁判は2007年に原告側の敗訴となりましたが、原告は同一事案を今度は韓国の裁判所に提起しました。

 これに対して、韓国の下級審は最初これらを棄却したのですが、2012年に最高裁判所が下級審の判決を破棄差し戻しとしました。最高裁は「日本の国家権力が関与した反人道的不法行為や植民地支配と直結した不法行為による損害賠償請求権が、請求権協定の適用対象に含まれると見るのは難しい」とした上で、個人の請求権を認める判決を出したのです。

 もともと日韓両政府はこの問題について、1965年に日韓両政府が結んだ請求権協定で「解決済み」という立場をとってきました。韓国の最高裁判決は1965年協定及びこれまでの両国政府の立場を根本から否定するものです。

 韓国には同様の訴えを提起されうる日本の会社が299社あると言われています。もしこれらの会社が全て韓国法廷で敗訴となり、損害賠償支払いのための司法による強制措置を受けるとなれば、日韓関係は危機的な状態に陥ると思います。また、この問題に注目した人たちがアメリカで同様の訴訟を行い、日米経済関係の根幹まで揺るがしかねません。徴用工問題はまさにパンドラの箱です。

 文大統領はこの問題について、就任100日に合わせて行われた記者会見のときに、「徴用工問題を解決した政府間の合意は個人の権利を侵害できない」と述べ、最高裁判決を支持する考えを示しました。これに対して、日本国内では「韓国など相手にする必要はない」という声もあがっています。

 しかし、相手が拳を振り上げたからといって、こちらも拳を振り上げるだけでは、非常に近視眼的な発想です。日韓はこれまでの両国の長い歴史を踏まえつつ、この問題の落とし所を探っていく必要があると思います。……