デフレが始まってから自殺者数は増加した
―― 野田政権は社会保障と税の一体改革を掲げ、消費税増税に踏み出そうとしている。
田村 現段階で消費増税を強行するのは、国民生活を破壊する思想だと言わざるを得ない。
年間自殺者数は三万人を超えているが、その中で若者が占める割合が増加している。警察庁の発表では、「学生・生徒」の自殺者数が、統計をとりはじめた1978年以来、初めて千人を超えた。
自殺の原因には多くの要因があろうが、経済不況がもたらした社会不安もひとつの要因になっていると考えられる。デフレが始まった98年以来、パラレルに自殺者数も増加している。物価が下落すれば所得も下落し、経済が収縮していけば雇用機会も減少し、そのしわ寄せは若年層にくる。この経済状況下で家計を直撃する消費増税を強行すれば、一層経済は収縮し、社会はさらに閉塞感に包まれるだろう。
今本当に必要なのは、デフレ不況からの脱却と円高是正による経済の立て直しだ。
―― しかし、財務省主導によって、消費増税が進められている。増税しようという財務省官僚の狙いは何か。
田村 トニー・ブレアが日本経済新聞の「私の履歴書」で述べているが、官僚というものは、大きな問題に対して小さな答えしか出せないものなのだ。日本の経済不況という大きな問題に対して、財務官僚は財政均衡という近視眼的な答えしか出せない。そこには、自分たちの経済失政を糊塗しようという保身も働いているだろう。官僚というものはそもそもそういうものなのだ。だからこそ、政治主導が必要なのだが、肝心の政治家が政治決定プロセスを財務官僚に丸投げしてしまっている。
97年に橋本龍太郎首相が消費税を3%から5%に増税した時、確かに一時的に税収は増えた。しかし、消費の冷え込みによりデフレが進み、それ以降の税収は減少した。同様に、目前の財政均衡のために消費増税を行えば、将来のますますのデフレを促すことになるだろう。
―― デフレに加え、未曽有の円高に見舞われている。
田村 円高については、日銀の問題が大きい。2月14日、日銀は消費者物価指数の目標を1%と公的に表明した。このインフレ目標設定は従来の日銀の政策から比べれば大きな進歩であり、これを受けて円高も一時休止した感もある。しかし、この判断も遅すぎたと言えるし、また、目標が1%で十分なのか、吟味が必要だ。
日銀はすぐに金融の引き締めを行う習性がある。実際、小泉政権末期に消費者物価指数の速報値がプラスに転じた時、日銀はいち早く金融引締めに走った。速報値というものは下方修正されるのが常だから、当時は小泉政権内部にも慎重論があったのだが、金融・経済財政政策担当大臣であった与謝野馨氏が日銀の政策を支持し、容認してしまった。しかし、フタを開けてみれば、やはり速報値は下方修正され、実際にはマイナスだった。日銀は拙速に過ぎたのだし、政治家がそれを抑えることができず、金融政策ミスによる不況が進んでしまった。
―― 日銀の行動原理とは何か。
田村 日銀の存在理由は、通貨の安定であり、それはすなわち、物価の安定だ。その時にもっとも避けるべきがインフレであり、物価上昇率はプラスよりもむしろゼロかマイナスのほうが好ましいという認識を持っていると言える。現在、日銀は97年に成立した日銀法によって政府からは独立した立場を保証されているが、これは85年のプラザ合意以来、円高と金融緩和によってバブル経済を引き起こしてしまい、日銀がその歯止めとなり得なかったことの反省が込められている。
しかし、日銀、すなわち中央銀行の独立という問題を、日銀政策立案者たちは取り違えている。
中央銀行は一国のマネーを一元管理し、運営・操作する、政府と比肩する政策機関だ。したがって、その政策立案には政府による指導が必要だ。少なくとも、国家目標を政府と日銀は共有する必要がある。日銀の独立は、国家目標を共有した上での裁量権に留められるべきなのだ。……
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